、むしろ誤りて開くとも誤りて閉《と》ぢおく勿れといへり。 一二七―一二九
かくて聖なる門の扉を押していひけるは。いざ入るべし、されど汝等わが誡めを聞け、すべて後方《うしろ》を見る者は外《そと》に歸らむ。 一三〇―一三二
聖なる門の鳴《なり》よき強き金屬《かね》の肘金《ひぢがね》、肘壺《ひぢつぼ》の中にまはれるときにくらぶれば 一三三―一三五
かの良きメテルロを奪はれし時のタルペーアも(この後これがために瘠す)その叫喚《わめ》きあらがへることなほこれに若かざりしなるべし 一三六―一三八
我は最初《はじめ》の響きに心をとめてかなたにむかひ、うるはしき調《しらべ》にまじれる聲のうちにテー・デウム・ラウダームスを聞くとおぼえぬ 一三九―一四一
わが耳にきこゆるものは、あたかも人々立ちて樂《がく》の器《うつは》にあはせてうたひその詞きこゆることあり 一四二―一四四
きこえざることある時の響きに似たりき 一四五―一四七
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   第十曲

我等門の閾の内に入りし後(魂の惡き愛|歪《ゆが》める道を直《なほ》く見えしむるためこの門開かるゝこと稀なり) 一―三
我は響きをききてその再び閉されしことを知りたり、我若し目をこれにむけたらんには、いかなる詫《わび》も豈この咎にふさはしからんや 四―六
我等は右に左に紆行《うね》りてその状《さま》あたかも寄せては返す波に似たる一の石の裂目《さけめ》を登れり 七―九
わが導者曰ふ。我等は今|縁《ふち》の逼らざるところを求めてかなたこなたに身を寄するため少しく技《わざ》を用ゐざるをえず。 一〇―一二
この事我等の歩みをおそくし、虧けたる月|安息《やすみ》を求めてその床に歸れる後 一三―一五
我等はじめてかの針眼《はりのめ》を出づるをえたり、されど山|後方《しりへ》にかたよれる高き處にいたりて、我等自由に且つ寛《ゆるや》かになれるとき 一六―一八
われ疲れ、彼も我も定かに路をしらざれば、われらは荒野《あらの》の道よりさびしき一の平地《ひらち》にとゞまれり 一九―二一
空處に隣《とな》れるその縁《へり》と、たえず聳ゆる高き岸の下《もと》との間は、人の身長《みのたけ》三|度《たび》はかるに等しかるべし 二二―二四
しかしてわが目その翼をはこぶをうるかぎり右にても左にてもこの臺《うてな》すべて斯《かく》の如く見えき 二五―二七
我等の足未だ
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