し者のことをものべよ 一一二―一一四
彼こゝにフランス人《びと》の銀を悼《いた》む、汝いふべし、我は罪人の冷ゆる處にヅエラの者をみたりきと 一一五―一一七
汝またほかに誰ありしやと問はるゝことあらん、しるべし、汝の傍《そば》にはフィオレンツァに喉を切られしベッケーリアの者あり 一一八―一二〇
かなたにガネルローネ及び眠れるファーエンヅァをひらきしテバルデルロとともにあるはおもふにジャンニ・デ・ソルダニエルなるべし 一二一―一二三
我等既に彼をはなれし時我は一の孔の中に凍れるふたりの者をみき、一の頭は殘りの頭の帽となり 一二四―一二六
上なるものは下なるものゝ腦《なう》と項《うなじ》とあひあふところに齒をくだし、さながら饑ゑたる人の麪麭《パン》を貪り食ふに似たりき 一二七―一二九
怒れるティデオがメナリッポの後額《こめかみ》を噛めるもそのさま之に異ならじとおもふばかりにこの者|腦蓋《なうがい》とそのあたりの物とをかめり 一三〇―一三二
我曰ふ、あゝかく人を食《は》みあさましきしるしによりてその怨みをあらはす者よ、我に故を告げよ、我も汝と約を結び 一三三―一三五
汝の憂ひに道理《ことわり》あらば、汝等の誰なるや彼の罪の何なるやをしり、こののち上《うへ》の世に汝にむくいん 一三六―一三八
わが舌乾くことなくば 一三九―一四一
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   第三十三曲

かの罪人《つみびと》口をおそろしき糧《かて》よりもたげ、後方《うしろ》を荒らせし頭なる毛にてこれをぬぐひ 一―三
いひけるは、望みなき憂ひはたゞ思ふのみにて未だ語らざるにはやくも我心を絞るを、汝これを新《あらた》ならしめんとす 四―六
されどわが言《ことば》我に噛まるゝ逆賊の汚辱《をじよく》の實を結ぶ種たりうべくば汝はわがかつ語りかつ泣くを見ん 七―九
我は汝の誰なるをも何の方法《てだて》によりてこゝに下れるをも知らず、されどその言をきくに汝は必ずフィレンツェの者ならん 一〇―一二
汝知るべし、我は伯爵《コンテ》ウゴリーノ此《こ》は僧正ルツジェーリといへる者なり、いざ我汝に何によりてか上る隣人《となりびと》となれるやを告げん 一三―一五
彼の惡念あらはるゝにおよびて彼を信ぜる我とらへられ、のち殺されしことはいふを須ひず 一六―一八
されば汝の聞きあたはざりし事、乃ちわが死のいかばかり殘忍なりしやは汝聞きて彼我を虐《しひた》げざりしや否やを知るべし 一九―二一
わがためには餓《うゑ》の名をえてこののちなほも人を籠《こ》むべき塒《とや》なる小窓が 二二―二四
既に多くの月をその口より我に示せる頃、我はわが行末の幔《まく》を裂きし凶夢を見たり 二五―二七
すなはちこの者|長《をさ》また主《きみ》となりてルッカをピサ人に見えざらしむる山の上に狼とその仔等を逐ふに似たりき 二八―三〇
肉瘠せ氣|燥《はや》り善く馴らされし牝犬《めいぬ》とともにグアンディ、シスモンディ、ランフランキをその先驅《さきて》とす 三一―三三
逐はれて未だ程なきに父も子もよわれりとみえ、我は彼等が鋭き牙にかけられてその傍腹《わきばら》を裂かるゝを見しとおぼえぬ 三四―三六
さて曉に目をさましし時我はともにゐしわが兒等の夢の中に泣きまた麪麭《パン》を乞ふ聲をきゝぬ 三七―三九
若しわが心にうかべる禍ひの兆《きざし》をおもひてなほいまだ悲しまずば汝はげに無情なり、若し又泣かずば汝の涙は何の爲ぞや 四〇―四二
彼等はめさめぬ、糧《かて》の與へらるべき時は近づけり、されど夢のためそのひとりだに危ぶみ恐れざるはなかりき 四三―四五
この時おそろしき塔の下なる戸に釘打つ音きこえぬ、我はわが兒等の顏を見るのみ言《ことば》なし 四六―四八
我は泣かざりき、心石となりたればなり、彼等は泣けり、わがアンセルムッチオ、かく見たまふは父上いかにしたまへるといふ 四九―五一
かくても我に涙なかりき、またわれ答へでこの日この夜をすごし日輪再び世にあらはるゝ時に及べり 五二―五四
微《かすか》なる光憂ひの獄《ひとや》にいりきたりてかの四の顏にわれ自らのすがたをみしとき 五五―五七
我は悲しみのあまり雙手《もろて》を噛めり、わがかくなせるを食《くら》はんためなりとおもひ、彼等俄かに身を起して 五八―六〇
いひけるは、父よ我等をくらひたまはゞ我等の苦痛《いたみ》は却つて輕からむ、この便《びん》なき肉を我等に着せたまへるは汝なれば汝これを剥《は》ぎたまへ 六一―六三
我は彼等の悲しみを増さじとて心をしづめぬ、この日も次の日も我等みな默《もだ》せり、あゝ非情の土よ、汝何ぞ開かざりしや 六四―六六
第四日《よつかめ》になりしときガッドはわが父いかなれば我をたすけたまはざるやといひ、身をのべわがあしもとにたふれて 六七―六九
その處に死にき、かくて五日と六日目の間に我はまのあたり三人《みたり》のあひついでたふるゝをみぬ、我また盲《めしひ》となりしかば 七〇―
彼等を手にてさぐりもとめて死後なほその名を呼ぶこと二日、この時斷食の力憂ひにまさるにいたれるなりき ―七五
かくいへる時彼は目を斜《なゝめ》にしてふたゝび幸《さち》なき頭顱《かうべ》を噛めり、その齒骨に及びて強きこと犬の如くなりき 七六―七八
あゝピサよ、シを語となすうるはしき國の民の名折《なをれ》よ、汝の隣人《となりびと》等汝を罰するおそければ 七九―八一
ねがはくはカプライアとゴルゴーナとゆるぎいでゝアルノの口に籬《まがき》をめぐらし、汝の中なる人々悉く溺れ死ぬるにいたらんことを 八二―八四
そはたとひ伯爵《コンテ》ウゴリーノに汝に背きて城を賣れりとのきこえありとも汝は兒等をかく十字架につくべきにあらざればなり 八五―八七
第二のテーべよ、年若きが故にすなはち罪なし、ウグッチオネもイル・ブリガータもまた既にこの曲に名をいへる二人《ふたり》の者も 八八―九〇
我等はなほ進み、ほかの民の俯《うつむ》かずうらがへりてあらく氷に包まるゝところにいたれり 九一―九三
こゝには憂へ憂ひをとゞめ、なやみは目の上の障礙《しやうげ》にさへられ、苦しみをまさんとて内部《うち》にかへれり 九四―九六
そははじめの涙|凝塊《かたまり》となりてあたかも玻璃の被物《おほひ》の如く眉の下なる杯を滿たせばなり 九七―九九
わが顏は寒さのため、胼胝《たこ》のいでたるところにひとしく凡ての感覺を失へるに 一〇〇―一〇二
この時わが風に觸るゝを覺え、曰ひけるは、わが師よ、これを動かすものは誰ぞや、この深處《ふかみ》には一切の地氣消ゆるにあらずや 一〇三―一〇五
彼即ち我に、汝は程なく汝の目が風を降《ふ》らす源《もと》をみてこれが答を汝にえさすところにいたらん 一〇六―一〇八
氷の皮なる幸なき者の中ひとり叫びて我等にいひけるは、あゝ非道にして最後の立處《たちど》に罪なはれたる魂等よ 一〇九―一一一
堅き被物《おほひ》を目よりあげて涙再び凍らぬまに我胸にあふるゝ憂ひを少しく洩すことをえしめよ 一一二―一一四
我すなはち彼に、わが汝をたすくるをねがはゞ汝の誰なるやを我に告げよ、かくして我もしその支障《さゝはり》を去らずば我は氷の底にゆくべし 一一五―一一七
この時彼答ふらく、我は僧《フラーテ》アルベリーゴなり、よからぬ園の木の實の事ありてここに無花果に代へ無漏子《むろし》をうく 一一八―一二〇
我彼に曰ふ、さらば汝既に死にたるか、彼我に、我はわが體《からだ》のいかに上の世に日をふるやをしらず 一二一―一二三
このトロメアには一の得ありていまだアトローポスに追はれざるに魂しば/\こゝに落つることあり 一二四―一二六
また汝玻璃にひとしき此涙をいよ/\こゝろよくわが顏より除くをえんため、しるべし、魂わがなせるごとく信に背くことあれば 一二七―
鬼たゞちにその體《からだ》を奪ひ、みづからこれが主となりて時のめぐりをはるを待ち ―一三二
おのれはかゝる水槽《みづぶね》の中におつ、さればわが後方《うしろ》に冬を送る魂もおもふにいまなほその體《からだ》を上の世にあらはすなるべし 一三三―一三五
汝今此處にくだれるならば彼を知らざることあらじ、彼はセル・ブランカ・ドーリアなり、かく閉されてより既に多くの年を經たり 一三六―一三八
我彼に曰ふ、我は汝の欺くをしる、ブランカ・ドーリアは未だ死なず、彼|食《く》ひ飮み寢《い》ねまた衣《ころも》を着るなり 一三九―一四一
彼曰ふ、上なるマーレブランケの濠の中、粘《ねば》き脂《やに》煮ゆるところにミケーレ・ツァンケ未だ着かざるうち 一四二―一四四
この者その體《からだ》に鬼を殘して己にかはらせ、彼と共に逆を行へるその近親のひとりまたしかなせり 一四五―一四七
されどいざ手をこなたに伸べて我目をひらけ、我はひらかざりき、彼にむかひて暴《みだり》なるは是即ち道なりければなり 一四八―一五〇
あゝジエーノヴァ人《びと》よ、一切の美風をはなれ一切の邪惡を滿たす人々よ、汝等の世より散りうせざるは何故ぞ 一五一―一五三
我は極惡《ごくあく》なるローマニアの魂と共に汝等のひとりその行《おこなひ》によりて魂すでにコチートに浸《ひた》り 一五四―
身はなほ生きて地上にあらはるゝ者をみたりき ―一五九
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   第三十四曲

地獄の王の旗あらはる、此故に前方《まへ》を望みて彼を認むるや否やを見よ、わが師かく曰へり 一―三
濃霧起る時、闇わが半球を包む時、風のめぐらす碾粉車《こひきぐるま》の遠くかなたに見ゆることあり 四―六
我もこの時かゝる建物《たてもの》をみしをおぼえぬ、また風をいとへどもほかに避くべき處なければ、われ身を導者の後方《うしろ》に寄せたり 七―九
我は既に魂等全く掩《おほ》ひ塞《ふさ》がれ玻璃の中なる藁屑《わらくづ》の如く見え透《す》ける處にゐたり(これを詩となすだに恐ろし) 一〇―一二
伏したる者あり、頭を上にまたは蹠《あしうら》を上にむけて立てる者あり、また弓の如く顏を足元《あしもと》に垂れたる者ありき 一三―一五
我等遠く進みし時、わが師は昔姿美しかりし者を我にみすべき機《おり》いたれるをみ 一六―一八
わが前をさけて我にとゞまらせ、見よディーテを、また見よ雄々《をゝ》しさをもて汝を固《かた》むべきこの處をといふ 一九―二一
この時我身いかばかり冷《ひ》えわが心いかばかり挫《くじ》けしや、讀者よ問ふ勿れ、言《ことば》及ばざるがゆゑに我これを記《しる》さじ 二二―二四
我は死せるにもあらずまた生けるにもあらざりき、汝|些《すこし》の理解《さとり》だにあらば請ふ今自ら思へ、彼をも此をも共に失へるわが當時のさまを 二五―二七
悲しみの王土の帝《みかど》その胸の半《なかば》まで氷の外《そと》にあらはれぬ、巨人をその腕に比ぶるよりは 二八―
我を巨人に比ぶるかたなほ易し、その一部だにかくのごとくば之に適《かな》へる全身のいと大いなること知りぬべし ―三三
彼今の醜《みにく》きに應じて昔美しくしかもその造主《つくりぬし》にむかひて眉を上げし事あらば一切の禍ひ彼よりいづるも故なきにあらず 三四―三六
我その頭に三の顏あるを見るにおよびてげに驚けることいかばかりぞや、一は前にありて赤く 三七―三九
殘る二は左右の肩の正中《たゞなか》の上にてこれと連《つらな》り、かつ三ともに※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]冠《とさか》あるところにて合へり 四〇―四二
右なるは白と黄の間の色の如く、左なるはニーロの水上《みなかみ》より來る人々の如くみえき 四三―四五
また顏の下よりはかゝる鳥ににつかしき二《ふたつ》の大いなる翼いでたり、げにかく大いなるものをば我未だ海の帆にも見ず 四六―四八
此等みな羽なくその構造《つくりざま》蝙蝠《かうもり》の翼に似たり、また彼此等を搏ち、三の風彼より起れり 四九―五一
コチートの悉く凍れるもこれによりてなりき、彼は六の眼《まなこ》にて泣き、涙と血の涎《よだれ》とは三の頤《おとがひ》をつたひて滴《したゝ》れり 五二―五四
また口毎にひとりの罪人《つみびと》を齒にて碎く
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