是よりも長き段《きだ》のなは上るべきあり、これらを離るゝのみにて足らず、汝わが言《ことば》をさとらばその益を失ふなかれ 五五―五七
我乃ち身を起し、くるしき呼吸《いき》をおしかくしていひけるは、願はくは行け、身は強く心は堅し 五八―六〇
我等石橋を渡りて進むに、このわたりの路岩多く狹く艱くはるかにさきのものよりも嶮し 六一―六三
我はよわみをみせざらんため語りつゝあゆみゐたるに、忽ち次の濠の中より語を成すにいたらざる一の聲いでぬ 六四―六六
この時我は既にこゝにかゝれる弓門《アルコ》の頂にありしかども、その何をいへるやをしらず、されど語れるものは怒りを起せし如くなりき 六七―六九
我は俯《うつむ》きたりき、されど闇のために生ける目底にゆくをえざれば、すなはち我、師よ請ふ次の堤にいたれ 七〇―
しかして我等石垣をくだらん、そはこゝにてはわれ聞けどもさとらず、見れども認《したゝ》むるものなければなり ―七五
彼曰ふ、行ふの外我に答なし、正しき願ひには所爲《わざ》たゞ默《もだ》して從ふべきなり 七六―七八
我等は橋をその一端、第八の岸と連れるところに下れり、この時|嚢《ボルジヤ》の状《さま》あきらかになりて 七九―八一
我見しに中にはおそろしき蛇の群ありき、類《たぐひ》いと奇《くす》しく、その記憶はいまなほわが血を凍らしむ 八二―八四
リビヤも此後その砂に誇らざれ、たとひこの地ケリドリ、ヤクリ、ファレー、チェンクリ、アムフィシベナを出すとも 八五―八七
またこれにエチオピアの全地または紅海の邊《ほとり》のものを加ふとも、かく多きかくあしき毒を流せることはあらじ 八八―九〇
この猛くしていとものすごき群のなかを孔をも血石《エリトロピア》をも求めうるの望みなき裸なる民おぢおそれて走りゐたり 九一―九三
蛇は彼等の手を後方《うしろ》に縛《いま》しめ、尾と頭にて腰を刺し、また前方《まへ》にからめり 九四―九六
こゝに見よ、こなたの岸近く立てるひとりの者にむかひて一匹の蛇飛び行き、頸と肩と結びあふところを刺せり 九七―九九
oまたはiを書くともかく早からじとおもはるゝばかりに彼は忽ち火をうけて燃え、全く灰となりて倒るゝの外すべなかりき 一〇〇―一〇二
彼かく頽《くづ》れて地にありしに、塵おのづからあつまりてたゞちにもとの身となれり 一〇三―一〇五
名高き聖等《ひじりたち》またかゝることあるをいへり、曰く、靈鳥《フエニーチエ》はその齡《よはひ》五百年に近づきて死し、後再び生る 一〇六―一〇八
この鳥世にあるや、草をも麥をも食《は》まず、たゞ薫物《たきもの》の涙とアモモとを食む、また甘松と沒藥《もつやく》とはその最後の壽衣《じゆい》となると 一〇九―一一一
人或ひは鬼の力によりて地にひかれ、或ひは塞《ふさぎ》にさへられて倒れ、やがて身を起せども、おのがたふれし次第をしらねば 一一二―
うけし大いなる苦しみのためいたくまどひて目をうちひらき、あたりを見つゝ歎くことあり ―一一七
起き上れる罪人《つみびと》のさままた斯くの如くなりき、あゝ仇を報いんとてかくはげしく打懲す神の威力《ちから》はいかにきびしきかな 一一八―一二〇
導者この時彼にその誰なるやを問へるに、答へて曰ひけるは、我は往日《さきつひ》トスカーナよりこのおそろしき喉の中に降《ふ》り下れる者なり 一二一―一二三
我は騾馬なりければまたこれに傚ひて人にはあらで獸の如く世をおくるを好めり、我はヴァンニ・フッチといふ獸なり、しかして 一二四―
ピストイアは我に應《ふさは》しき岩窟《いはあな》なりき、われ導者に、彼に逃《にぐ》る勿れといひ、また彼をこゝに陷らしめしは何の罪なるやを尋ねたまへ
わが見たるところによれば彼は血と怒りの人なりき、この時罪人これを聞きて佯《いつは》らず、心をも顏をも我にむけ、悲しき恥に身を彩色《いろど》りぬ ―一三二
かくて曰ひけるは、かゝる禍ひの中にて汝にあへる悲しみは、わがかの世をうばゝれし時よりも深し 一三三―一三五
我は汝の問を否むあたはず、わがかく深く沈めるは飾美しき寺の寶藏《みくら》の盜人たりし故なりき 一三六―一三八
またこの罪嘗てあやまりて人に負はされしことあり、されど汝此等の暗き處をいづるをえてわがさまをみしを喜びとなすなからんため 一三九―一四一
耳を開きてわがうちあかすことを聞け、まづピストイアは黒黨《ネーリ》を失ひて痩せ、次にフィオレンツァは民と習俗《ならはし》を新《あらた》にすべし 一四二―一四四
マルテはヴァル・ヂ・マーグラより亂るゝ雲に裹《つゝ》まれし一の火氣をひきいだし、嵐劇しくすさまじく 一四五―一四七
カムポ・ピチェンに戰起りて、この者たちまち霧を擘《つんざ》き、白黨《ビアンキ》悉くこれに打たれん 一四八―一五〇
我これをいふは汝に憂ひあらしめんためなり 一五一―一五三
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第二十五曲
かたりをはれる時かの盜人|雙手《もろて》を握りて之を擧げ、叫びて曰ひけるは、受けよ神、我汝にむかひてこれを延ぶ 一―三
此時よりこの方蛇はわが友なりき、一匹《ひとつ》はこの時彼の頸にからめり、そのさまさながら我は汝にまた口をきかしめずといへるに似たりき 四―六
また一匹《ひとつ》はその腕にからみてはじめの如く彼を縛《いまし》め、かつ身をかたくその前に結びて彼にすこしも之を動かすをゆるさゞりき 七―九
あゝピストイアよ、ピストイアよ、汝の惡を行ふこと己《おの》が祖先の上に出づるに、何ぞ意を決して己を灰し、趾《あと》を世に絶つにいたらざる 一〇―一二
我は地獄の中なる諸※[#二の字点、1−2−22]の暗き獄《ひとや》を過ぎ、然も神にむかひてかく不遜なる魂を見ず、テーべの石垣より落ちし者だに之に及ばじ 一三―一五
かれ物言はで逃去りぬ、此時我は怒り滿々《みち/\》し一のチェンタウロ、何處《いづこ》にあるぞ、執拗《かたくな》なる者何處にあるぞとよばはりつゝ來るを見たり 一六―一八
思ふに彼が人の容《かたち》の連《つらな》れるところまでその背に負へるとき多くの蛇はマレムマの中にもあらぬなるべし 一九―二一
肩の上|項《うなじ》の後《うしろ》には一の龍翼をひらきて蟠まり、いであふ者あればみなこれを燒けり 二二―二四
わが師曰ひけるは、こはカーコとてアヴェンティーノ山の巖の下にしばしば血の湖《うみ》を造れるものなり 二五―二七
彼はその兄弟等と一の路を行かず、こは嘗てその近傍《あたり》にとゞまれる大いなる家畜《けもの》の群を謀りて掠めし事あるによりてなり 二八―三〇
またこの事ありしため、その歪《ゆが》める行《おこなひ》はエルクレの棒に罹りて止みたり、恐らくは彼百を受けしなるべし、然もその十をも覺ゆる事なかりき 三一―三三
彼斯く語れる間(彼過ぎゆけり)三《みつ》の魂我等の下に來れるを我も導者もしらざりしに 三四―三六
彼等さけびて汝等は誰ぞといへり、我等すなはち語ることをやめ、今は心を彼等にのみとめぬ 三七―三九
我は彼等を識らざりき、されど世にはかゝること偶然《ふと》ある習ひとて、そのひとり、チヤンファはいづこに止まるならんといひ 四〇―四二
その侶の名を呼ぶにいたれり、この故に我は導者の心をひかんためわが指を上げて頤《おとがひ》と鼻の間におきぬ 四三―四五
讀者よ、汝いまわがいふことをたやすく信じえずともあやしむにたらず、まのあたりみし我すらもなほうけいるゝこと難ければ 四六―四八
我彼等にむかひて眉をあげゐたるに、六の足ある一匹の蛇そのひとりの前に飛びゆきてひたと之にからみたり 四九―五一
中足《なかあし》をもて腹を卷き前足をもて腕をとらへ、またかなたこなたの頬を噛み 五二―五四
後足《あとあし》を股《もゝ》に張り、尾をその間《あひ》より後方《うしろ》におくり、ひきあげて腰のあたりに延べぬ 五五―五七
木に絡《から》む蔦《つた》といへどもかの者の身に纏《まつ》はれる恐ろしき獸のさまにくらぶれば何ぞ及ばん 五八―六〇
かくて彼等は熱をうけし蝋のごとく着きてその色を交《まじ》へ、彼も此も今は始めのものにあらず 六一―六三
さながら黯《くろず》みてしかも黒ならぬ色の炎にさきだちて紙をつたはり、白は消えうするごとくなりき 六四―六六
殘りの二者《ふたり》之を見て齊しくさけびて、あゝアーニエルよ、かくも變るか、見よ汝ははや二《ふたつ》にも一にもあらずといふ 六七―六九
二の頭既に一となれる時、二の容《かたち》いりまじりて一の顏となり二そのうちに失せしもの我等の前にあらはれき 七〇―七二
四の片《きれ》より二の腕成り、股《もゝ》脛《はぎ》腹《はら》胸《むね》はみな人の未だみたりしことなき身となれり 七三―七五
もとの姿はすべて消え、異樣の像《かたち》は二にみえてしかも一にだにみえざりき、さてかくかはりて彼はしづかに立去れり 七六―七八
三伏の大なる笞《しもと》の下に蜥蜴籬《とかげまがき》を交《か》へ、路を越ゆれば電光《いなづま》とみゆることあり 七九―八一
色青を帶びて黒くさながら胡椒の粒《つぶ》に似たる一の小蛇の怒りにもえつゝ殘る二者《ふたり》の腹をめざして來れるさままたかくの如くなりき 八二―八四
この蛇そのひとりの、人はじめて滋養《やしなひ》をうくる處を刺し、のち身を延ばしてその前にたふれぬ 八五―八七
刺されし者これを見れども何をもいはず、睡りか熱に襲はれしごとく足をふみしめて欠《あくび》をなせり 八八―九〇
彼は蛇を蛇は彼を見ぬ、彼は傷より此は口よりはげしく烟を吐き、烟あひまじれり 九一―九三
ルカーノは今より默《もだ》して幸なきサベルロとナッシディオのことを語らず、心をとめてわがこゝに説きいづる事をきくべし 九四―九六
オヴィディオもまた默してカードモとアレツーザの事をかたるなかれ、かれ男を蛇に女を泉に變らせ、之を詩となすともわれ羨まじ 九七―九九
そは彼|二《ふたつ》の自然をあひむかひて變らしめ兩者の形あひ待ちてその質を替ふるにいたれることなければなり 一〇〇―一〇二
さて彼等の相應ぜること下の如し、蛇はその尾を割きて叉《また》とし、傷を負へる者は足を寄せたり 一〇三―一〇五
脛《はぎ》は脛と股《もゝ》は股と固く着き、そのあはせめ、みるまにみゆべき跡をとゞめず 一〇六―一〇八
われたる尾は他の失へる形をとりて膚《はだへ》軟らかく、他のはだへはこはばれり 一〇九―一一一
我また二《ふたつ》の腕《かひな》腋下に入り、此等の縮むにつれて獸の短き二の足伸びゆくをみたり 一一二―一一四
また二の後足《あとあし》は縒《よ》れて人の隱すものとなり、幸なき者のは二にわかれぬ 一一五―一一七
烟|新《あらた》なる色をもて彼をも此をも蔽ひ、これに毛を生《は》えしめ、かれの毛をうばふあひだに 一一八―一二〇
此《これ》立ち彼《かれ》倒る、されどなほ妄執《まうしふ》の光を逸《そ》らさず、その下《もと》にておのおの顏を變へたり 一二一―一二三
立ちたる者顏を後額《こめかみ》のあたりによすれば、より來れる材《ざい》多くして耳|平《たひら》なる頬の上に出で 一二四―一二六
後方《うしろ》に流れずとゞまれるものはその餘《あまり》をもて顏に鼻を造り、またほどよく唇を厚くせり 一二七―一二九
伏したる者は顏を前方《まへ》に逐ひ、角を收《をさ》むる蝸牛の如く耳を頭にひきいれぬ 一三〇―一三二
またさきに一にて物言ふをえし舌は裂け、わかれし舌は一となり、烟こゝに止みたり 一三三―一三五
獸となれる魂はその聲あやしく溪に沿ひてにげゆき、殘れる者は物言ひつゝその後方《うしろ》に唾《つば》はけり 一三六―一三八
かくて彼新しき背を之にむけ、侶に曰ひけるは、願はくはブオソのわがなせしごとく匍匐《はらば》ひてこの路を走らんことを 一三九―一四一
我は斯く第七の石屑《いしくづ》の變り入替《いりかは》るさまをみたりき、わが筆少しく亂るゝあらば、請ふ人|事《こと》の奇なるをおもへ 一四二―一四四
またわが目には迷ひありわが心には惑ひありしも、かの二者《ふたり》我にかくれて逃ぐ
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