る。あらん限りの綺麗な絵の具に火を放《つ》けて、大空一面にブチ撒いたようで、どんなパノラマ描《か》きでもアンな画は書けなかったろう。眼が眩《くら》んで息が詰まる位ドエライ、モノスゴイものであった。
 私は潮飛沫《しおしぶき》を浴びながら甲板の突端《トップ》に掴まって、揺れ上ったり、揺れ下ったりしいしい暗くなって行く、真青な海の向う側をボンヤリと見惚《みと》れていた。するとその肩をダシヌケに叩いた者が居たのでビックリして振り返ってみると、それは小男の二等運転手であった。
 その顔を見た瞬間に……又|暴風《あらし》だな……と直覚した私は、空っぽになったウイスキーの瓶を頭の中で、クルクルと廻転させた。
 小男の二等運転手は鈎鼻《かぎばな》をコスリコスリ下手《へた》な日本語で云った。
「水夫長ドコ行キマシタ」
「先刻《さっき》頭が痛いと云って降りて行ったようですが?」
「困リマス、バロメーの水銀無クナリマス」
「……驚いたなあ……また時化《しけ》るんですか」
 運転手は返事せずに、階段の方向へ駈け出した。同時に下から不安な顔をさし出した一等運転手と、肩を並べて降りて行った。だから私も何かしら不
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