は社会生活上あらゆる不都合を生ずる事になるので、この一事を以てしてもこの事件は一日も早く解決しなければならぬ事になる。本官が所謂《いわゆる》、第二の解決法を提唱して当法廷列席者諸氏の賛同を求むる所以《ゆえん》も亦、実にここに存するのである。
本官の所謂第二の解決法というのは外でもない。すなわち一切の生物に共通して存在する『霊感』を応用する方法である。
この生物の『霊感』なるものは今日のところではまだ科学者諸氏の間に、纏まった研究が行われていないようである。……が併し、その存在は確実に認められているので、強《あなが》ちに学者諸君に限らず、普通人と雖《いえど》もよく眼を開いて見る時は、地上到る処に『霊感』の存在を認める事が出来るのである。
植物に於ては、眼も鼻も口も持たない草木の根が、壁一重向うの肥料の方へズンズンと伸びて行く。又は同じように五官を持たない蔓草の蔓が、支柱の在る方へサッサと延長して行くのも同じ道理で、何かは知らず一般生物界には、人間の五官以上の霊感が存在している事を気付かずにはいられないのである。そのほか林の樹々の枝が、決して摺《す》れ合わないように一定の距離間隔を保っているのを見ても、春に先立って地下茎が芽ぐむのを見ても、その他一切の造化の微妙な作用を観察するに付け聞くにつけて、何かしら人間の五官を超越した、或る偉大なる『霊感』の存在を肯定せずにはいられないのである。
しかも、これが動物となると一層吾々人間の注意を惹き易いので、その最も顕著な実例だけでも殆んど枚挙に暇《いとま》がないくらいである。……たとえば七面鳥は山の向うに鷹が来ている事を知って雛鳥を蔽い隠し、駱駝《らくだ》は行く手の地平線下にライオン[#「ライオン」は太字]が居るのを知って立ちすくむ。蜘蛛《くも》は明日の晴天を確信して風雨の中に網を張りまわし、蛭《ひる》は水中に在りながら不断に天候の変化を予報する。その他、馬が乗り手の上手下手を只一眼で区別し、猫が猫好きを選んで身体《からだ》をスリ付けるなど、一々挙げて行くのはその煩に堪えないであろう。すなわち換言すれば、吾々人間は余りにその五官の働らきに信頼し過ぎている結果、こうした本来の霊感の作用を退化させているので、下等な生物になればなる程、斯様《かよう》な霊感が発達している事は、所謂文明国人と野蛮人のソレとを比較しても容易に首肯され得るであろう。
しかもこの『下等な生物ほど霊感が発達している』という原則こそは、本官が採《と》って以《もっ》て、この裁判に応用して、最後の断案を下さむと欲する、所謂第二の手段の憑拠《ひょうきょ》となるべき、根本原則に外ならないのである。
すなわち当法廷に参列しているレミヤ[#「レミヤ」は太字]所生の男児は、まだ東西を弁ぜざる嬰児《えいじ》である。しかも本官の調査するところに依れば、生れ落ちると間もない頃から母親の手に抱かれている間だけ温柔《おとな》しく、安らかに眠るに反して、他人が抱き取ろうとすると何もかもなく泣き出す習性がある。すなわちその真実の親を区別する霊感の如何に明敏なものであるかという事実を日常に証拠立てているものと認められるのである。
本官は確信する。レミヤ[#「レミヤ」は太字]の児は同じようにして本当の父親をその霊感に依って容易に区別し得るであろう事を……アルマ[#「アルマ」は太字]とマチラ[#「マチラ」は太字]の二人の中、自分の父親でない方が抱いたならば直ぐに泣き出すであろうと同時に、本当の父親が抱いたならば直ぐに泣き止むであろう事を……。
但し……この方法はいわば超常識的、もしくは超学理的の事実を根拠としたものであるから、あるいは牽強附会の誹《そしり》を免れ得ないであろう事を本官は最初から覚悟しているものである。
故に本官は今日只今職権を以てこの手段をこの法廷に強いようとするものではない。ただ、この方法以外にこの裁判を確定する手段は、恐らく絶無であろう事を信ずるが故に、敢て御迷惑をもかえり見ず、斯《か》く多数の御出席を要望した次第である。すなわち現代の常識を代表する陪審員諸氏。……科学智識を代表する参考人諸氏……及び……ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]、イグノラン[#「イグノラン」は太字]両家の家庭の内事に対して、多少共に発言権を有しておられる限りの紳士淑女のすべてをこの法廷に招集して、その『かくの如き解決手段を用いるの止むを得ざるに出でた理由』を訴え、その公明正大なる判断による満場の御賛同を得た後に、この解決方法を採用したいと考えている者である。
然して、この前代未聞の裁判を確定したいと希望している者である」
(7)[#「(7)」は縦中横]
この演説が終りました時に満場の官民が一度に吐き出した溜め息は、お互
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