|硝子《ガラス》に近づいては消えて行く……。
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◇悪人の手登場……卓上電燈のスイッチを捻《ひね》り、あたりをパッと明るくする。
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……………………手袋を脱いで机の上に放り出し、続いてシガーケース、財布、名刺入れ、ハンカチその他を投げ出し、両手を揉み合わせて疲れた表情……。
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●女中の手登場……珈琲《コーヒー》と、帝劇マチネーの案内状を机の上に置いて退場……。
◇悪人の手…………立ちながら珈琲を取り上げつつ案内状を見る。
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……………………ペンを取り上げて同封の葉書の「出席」と印刷した下へ「槻田|万策《まんさく》」と署名をして傍に置く。
……………………やがて椅子に腰を卸《おろ》し、両手を机の平面にピタリと静止させ、あたりの様子を窺《うかが》うこなし…………。
……………………電燈を消し、机の横から、大きなインキ瓶を取り出し、夕あかりに透かしつつ机の上のインキ瓶のインキを半分ばかり、大きな瓶へ注ぎ返しもとの位置に直す。
……………………今一度あたりの様子をうかがいつつ、左右のカフスの間、その他、衣服の各所から、宝石を抓《つま》み出して、一ツ一ツインキ瓶の中に沈めおわる。
……………………悦《よろこ》ばしげに両手を揉み合わせつつ電燈をつける。
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●女中の手登場……『丸の内私立探偵局|連水晃《つれみずあきら》』と刷った名刺を主人の手に渡す。
◇悪人の手…………その名刺を裏返したりヒネクッタリして困惑した表情の後《のち》「こちらへお通し申せ」という手つきをする。
●女中の手…………恭《うやうや》しく握り合ったまま退場…………。
◇悪人の手…………女中が遠ざかるにつれてブルブルとふるえつつ、立ち上るこなし…………名刺を握り潰そうとして、又ハッと吾にかえる。
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……………………間もなく慌てて机に帰り、ペンを取り上げ、レターペーパーを拡げて手紙を書き初める。
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「拝啓 本日は光栄ある晩餐会に御招待を受け、格別の御厚遇に預り、殊に、朝野の名士数氏に御紹介を賜わり候事、面目これに過ぎ……」
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