マトを少し噛みやぶり
赤いしづくを滴らしてみる
幽霊のやうに
まじめに永久に
人を咀ふ事が出来たらばと思ふ
観客をあざける心
舞ひながら仮面の中で
舌を出してみる
* * *
何故に
草の芽生えは光りを慕ひ
心の芽生えは闇を恋ふのか
殺したくも殺されぬ此の思ひ出よ
闇から闇に行く
猫の声
放火したい者もあらうと思つたが
それは俺だつた
大風の音
眼の前に断崖が立つてゐる
悪念が重なり合つて
笑つて立つてゐる
獣のやうに女に飢ゑつゝ
神のやうに火にあたりつゝ
あくびする俺
清浄の女が此世に
あると云ふか……
影の無い花が
此世にあると云ふのか
ぐる/\/\と天地はめぐる
だから俺も眼がくるめいて
邪道に陥ちるんだ
ばくち打つ
妻も子もない身一つを
ザマア見やがれと嘲つて打つ
* * *
自殺しようか
どうしようかと思ひつゝ
タツタ一人で玉を撞いてゐる
にんげんが
皆良心を無くしつゝ
夜のあけるまで
ダンスをしてゐる
独り言を思はず云つて
ハツとして
気味のわるさに
又一つ云ふ
誰か一人
殺してみたいと思ふ時
君一人かい…………
………と友達が来る
号外の真犯人は
俺だぞ………と
人ごみの中で
怒鳴つてみたい
飛びだした猫の眼玉を
押しこめど
ドウしても這入らず
喰ふのをやめる
メスの刃が
お伽ばなしを読むやうに
ハラワタの色を
うつして行くも
五十銭貰つて
一つお辞儀する
盗めば
お辞儀せずともいゝのに
人間の屍体を見ると
何がなしに
女とフザケて笑つてみたい
*血潮したゝる
闇の中に闇があり
又闇がある
その核心から
血潮したゝる
骸骨が
曠野をひとり辿り行く
行く手の雲に
血潮したゝる
教会の
彼の尖塔の真上なる
青い空から
血しほしたゝる
洋皿のカナリアの絵が
真二つに
割れたとこから
血しほしたゝる
すれ違つた白い女が
ふり返つて笑ふ口から
血しほしたゝる
真夜中の
三時の文字を
長針が通り過ぎつゝ
血しほしたゝる
水薬を
花瓶に棄てゝアザミ笑ふ
肺病の口から
血しほしたゝる
日の影が死人のやうに
縋り付く倉の壁から
血しほしたゝる
たはむれに
タンポヽの花を引つ切れば
牛乳のやうな血しほしたゝる
大詰めの
アンチキシヤウの美くしさ
赤いインキの血しほし
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