その代りに、たった今ダシヌケに足の下で笑ったものの正体が彼自身にわかりかけたように思ったので、自分の背後《うしろ》の枕木の一つ一つを念を入れて踏み付けながら引返し初めた。すると間もなく彼の立佇《たちど》まっていた処から四五本目の、古い枕木の一方が、彼の体重を支えかねてグイグイと砂利《ざり》の中へ傾き込んだ。その拍子に他の一端が持ち上って軌条の下縁とスレ合いながら……ガガガ……と音を立てたのであった。
彼はその音を聞くと同時に、タッタ今の笑い声の正体がわかったので、ホッと安心して溜息《ためいき》を吐《つ》いた。それにつれて気が弛《ゆる》んだらしく、頭の毛が一本一本ザワザワザワとして、身体《からだ》中にゾヨゾヨと鳥肌が出来かかったが、彼はそれを打消すように肩を強くゆすり上げた。黒い鞄を二三度左右に持ち換えて、切れるように冷《つ》めたくなった耳朶《みみたぼ》をコスリまわした。それから鼻息の露《つゆ》に濡《ぬ》れた胡麻塩髯《ごましおひげ》を撫《な》でまわして、歪《ゆが》みかけた釣鐘マントの襟《えり》をゆすり直すと、又も、スタスタと学校の方へ線路を伝い初めた。いつも踏切の近くで出会う下りの石炭
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