しらが》の殖えた無精髯《ぶしょうひげ》を蓬々《ぼうぼう》と生やした彼の相好《そうごう》を振り返りつつ、互いに眼と眼を見交《みかわ》した。その中にも同僚の橋本訓導は、真先《まっさき》に椅子《いす》から離れて駈け寄って来て、彼の肩に両手をかけながら声を潤《うる》ませた。
「……ど……どうしたんだ君は。……シシ……シッカリしてくれ給《たま》え……」
 眼をしばたたきながら、椅子から立ち上った校長も、その横合いから彼に近付いて来た。
「……どうか充分に休んでくれ給え。吾々《われわれ》や父兄は勿論のこと、学務課でも皆、非常に同情しているのだから……」
 と赤ん坊を諭《さと》すように背中を撫《な》でまわしたのであったが、しかし、そんな親切や同情が彼には、ちっとも通じないらしかった。ただ分厚い近眼鏡の下から、白い眼でジロリと教室の内部《なか》を見廻わしただけで、そのまま自分の椅子に腰を卸《おろ》すと、彼の補欠をしていた末席の教員を招き寄せて学科の引継《ひきつぎ》を受けた。そうして乞食のように見窄《みすぼ》らしくなった先生の姿に驚いている生徒たちに向って、ポツポツと講義を初めたのであった。
 それから
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