思いがけない背後から、突然非常な力で……グワーン……とドヤシ付けられたように感じた。そうしてタッタ今、凝視していた砂利《バラス》の上に、何の苦もなく突き倒されたように思ったが、その瞬間に彼は真黒な車輪の音も無い廻転と、その間に重なり合って閃《ひら》めき飛ぶ赤い光明《こうみょう》のダンダラ縞《じま》を認めた。……と思ううちに後頭部がチクチク痛み初めて、眼の前がグングン暗くなって来たので、二三度大きく瞬《まばたき》をしてみた。
 ……お父さんお父さんお父さんお父さんお父さん……。
 と呼ぶ太郎のハッキリした呼び声が、だんだんと近付いて来た。そうして彼の耳の傍まで来て鼓膜の底の底まで泌《し》み渡ったと思うと、そのままフッツリと消えてしまったが、しかし彼はその声を聞くと、スッカリ安心したかのように眼を閉じて、投げ出した両手の間の砂利の中にガックリと顔を埋めた。そうしてその顔を、すこしばかり横に向けながらニッコリと白い歯を見せた。
「……ナアーンダ。お前だったのか……アハ……アハ……アハ……」



底本:「夢野久作全集8」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年1月22日第1刷発行
底本の親本:「瓶詰地獄」春陽堂
   1933(昭和8)年5月15日発行
※「気持」「気持ち」の不統一は底本のママとした。「初め」は「始め」が正しいと思われるが、これも底本のママとした。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:柴田卓治
校正:柳沢成雄
2001年4月19日公開
2006年3月16日修正
青空文庫作成ファイル:
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