βγ,θω,π[#ここで横組み終わり]……なんどに変化して、三角函数が展開されたように……高次方程式の根《こん》が求められた時の複雑な分数式のように……薄黄色い雲の下に神秘的なハレーションを起しつつ、涯《は》てしもなく輝やき並んでいた。形《かた》に表わす事の出来ないイマジナリー・ナンバーや、無理数や、循環《じゅんかん》少数なぞを数限りなく含んで……。
 彼は、彼を取巻く野山のすべてが、あらゆる不合理と矛盾とを含んだ公式と方程式にみちみちている事を直覚した。そうして、それ等《ら》のすべてが彼を無言のうちに嘲《あざけ》り、脅《おび》やかしているかのような圧迫感に打たれつつ、又もガックリとうなだれて歩き出した。そうしてそのような非数理的な環境に対して反抗するかのように彼は、ソロソロと考え初めたのであった。
 ……俺は小さい時から数学の天才であった。
 ……今もそのつもりでいる。
 ……だから教育家になったのだ。今の教育法に一大革命を起すべく……児童のアタマに隠れている数理的な天才を、社会に活《い》かして働かすべく……。
 ……しかし今の教育法では駄目だ。全く駄目なんだ。今の教育法は、すべての人間の特徴を殺してしまう教育法なんだ。数学だけ甲でいる事を許さない教育法なんだ。
 ……だから今までにドレ程の数学家が、自分の天才を発見し得ずに、闇から闇に葬《ほうむ》られ去ったことであろう。
 ……俺は今日まで黙々として、そうした教育法と戦って来た。そうして幾多の数学家の卵を地上に孵化《ふか》させて来た。
 ……太郎もその卵の一つであった。
 ……温柔《おとな》しい、無口な優良児であった太郎は、俺が教えてやるまにまに、彼独特の数理的な天才をスクスクと伸ばして行った。もう代数や幾何の初等程度を理解していたばかりでなく、自分で LOG を作る事さえ出来た。……彼が自分で貯《た》めたバットの銀紙で球を作りながら、時々その重量と直径とを比較して行くうちに、直径の三乗と重量とが正比例して増加して行く事を、方眼紙にドットして行った点の軌跡《きせき》の曲線から発見し得た時の喜びようは、今でもこの眼に縋《こび》り付いている。眼を細くして、頬《ほっ》ペタを真赤にして、低い鼻をピクピクさせて、偉大なオデコを光らしているその横顔……。
 ……けれども俺は太郎に命じて、そうした数理的才能を決して他人の前で発
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