いた。
一人は越後から京都に乗出して、嵯峨野の片ほとりに豪奢《ごうしゃ》な邸宅を構え、京、大阪の美人を漁りまわしていた金丸《かなまる》長者と呼ばれる半老人であった。はからずもこの満月に狃染《なじ》んでからというもの、曲りかけている腰を無理に引伸ばし、薄い白髪鬢《しらがびん》を墨に染め、可笑《おか》しい程派手な衣裳好みをして、若殿原《わかとのばら》に先《せん》をかけられまいという心遣いや金づかいに糸目を附けず。日本中を真半分に割って東の方に在るものは皆《みんな》、満月に買うてやりたいほどの意気組であった。
今一人は青山|銀之丞《ぎんのじょう》という若侍であった。関白七条家の御書院番で、俗に公家侍というだけに、髪の結い振り。素袍《すおう》、小袴《こばかま》の着こなしよう。さては又腰に提げた堆朱《ついしゅ》の印籠《いんろう》から青貝の鞘《さや》、茶※[#「木+霸」、第3水準1−86−28]《ちゃづか》、白金具《しろかなぐ》という両刀の好みまで優にやさしく、水際立った眼元口元も土佐絵の中から脱け出したよう。女にしても見まほしい腮《あぎと》から横鬢《よこびん》へかけて、心持ち青々と苦味走った
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