の茶屋で顔を合わせた。お互いに無事を喜び合い、今までの苦心談を語り合い、この上は如何なる事があっても女の情に引かされまい。満月の手管に乗るような不覚は取るまい。必ず力を合わせて満月を泥の中に蹴落し、世間に顔向けの出来ぬまで散々に踏み躪《にじ》って京、大阪の廓雀《くるわすずめ》どもを驚かしてくれよう。日本中の薄情女を震え上らせて見せようでは御座らぬか……と固く固く誓い固めたのであった。
何はともあれ善は急げ。二人がこうして揃った上は便々《べんべん》と三月十五日を待つ迄もない……というので、二人は顔を揃えて島原の松本楼に押し上り、芸妓《げいしゃ》末社を総上げにして威勢を張り、サテ満月を出せと註文をすると、慌てて茶代の礼を云いに来た亭主が、妙な顔をして二人を別の離《はなれ》座敷に案内した。そこで薄茶を出した亭主の涙ながらの話を聞いているうちに、二人は開いた口が塞がらなくなったのであった。
満月は、モウこの世に居ないのであった。
「お聞き下されませ去年の春。あの花見の道中の道すがら満月が、昔なじみのお二方《ふたかた》様に、勿体ない事を申上げて、お恥かしめ申上ました事は、いつ、誰の口からともなく忽ちの中《うち》に京、大阪中の大評判になりましたもので……。
……ところがその評判につれて、お二人様のお姿が、京、大阪界隈にフッツリと見えなくなりますると、御老人の気弱さからでも御座りましょうか。金丸大尽様が何とのう御周章《おうろたえ》になりまして、お二人様から、どのように満月が怨まれていようやら知れぬ。満月と自分の身体《からだ》に万一の事がないうちにと仰言るような仔細《ことわり》で、こちらからお願い申上げまする通りのお金を積んで、満月ことを御身請《おみうけ》なされまして、嵯峨野の奥の御邸《おやしき》を御造作なされ変えて、お城のように締りの厳重な一廓を構え、その中に美事な別荘好みのお家敷《やしき》を作り、水を引き、草木《そうもく》を植えて、満月をお住まわせになりました。
……それは見事なお構えで御座いました。お客にお出でになりましたお江戸の学者、鼻曲山人《はなまがりさんじん》様も、お筆に残しておいでになりまする。私どもが御機嫌伺いに参りましても根府《ねぶ》川の飛石《とびいし》伝い、三尺の沓脱《くつぬぎ》は徳山|花崗《みかげ》の縮緬《ちりめん》タタキ、黒縁に綾骨《あやぼね》の障子
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