する」
 与一は何やら一存ありげに肩を怒らして押《おし》戴いた。同時に一同が又頭を下げた。
 忠之は与一の顔をシゲシゲと見た。与一も忠之の顔をマジマジと見上げた。
「フフム。まだ足らぬげじゃのう。面《つら》を膨《ふく》らしおるわい。知行なぞ好もしゅうないかの。子供じゃけにのう。ハッハッ……コレ小僧。モソッと褒美を遣りたいがのう。この忠之は貧乏でのう……。ウムウム。よいものを取らする。その紙と筆を持て……」
 淵老人はハッとしたらしく顔色を変えて忠之を仰いだ。この上に知行を分けられては、お納戸の遣繰《やりくり》が付かなくなるからである。そう思ってハラハラしいしい皆と一所に一心に忠之の筆の動きを見上げているうちに、奉書の紙の上に忠之自慢の三匹|馬《ば》の絵が出来上った。
「コレ与一。余が絵を描いて取らする。ハハ。上手じゃろうがの……その上の讃《さん》を読んでみい」
 押し戴いた紙を膝の上に伸ばした与一は、ハッキリした声で走書《はしりがき》の讃を読んだ。
「ものの夫《ふ》の心の駒は忠の鞭……忠の鞭……孝の手綱ぞ……行くも帰るも……」
「おお……よく読んだ。よく読んだ。その忠の一字をその方に与
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