致しましたが」
「……たわけ奴がッ……」
 と忠之は突然に大喝した。お秀の方は茶碗を取落しそうになった。
「……何で……何でそのような気休めを申した。その方の言葉に安堵した小伜が……許されたと思うて安心したその与一とやらが、その方の留守中に切腹したら何とするかッ。切腹しかねまじい奴ではないか、それ程の魂性ならば……馬鹿奴がッ……何故《なぜ》同道して引添うて来ぬか、ここまで……」
「ハハッ。御意の程を計りかねまして、次の間に控えさせておりまするが……」
「何と……次の間に控えさせておると申すか」
「御意に御座りまする」
「それならば何故早く左様《さよう》言わぬか。大たわけ奴が。ここへ通せ……ここへ……」
「ハハッ。何卒《なにとぞ》……御憐愍をもちまして、与一ことお許しの儀を……」
「エエわからぬ奴じゃ。余が手討にばしすると思うかッ。それ程の奴を……褒美をくれるのじゃ。手ずから褒美を遣りたいのじゃ。わからぬか愚か者奴がッ……おお……それから納戸の者を呼べ……納戸頭を呼べ……すぐに参《ま》いれと申せ」
 長廊下が一しきりバタバタしたと思うと、お納戸頭の淵老人と尾藤内記の間に挟まるようにして与
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