に挙げて、薩州のオロシャ交易を発《あば》き立てたなら、関ヶ原以来睨まれている島津の百万石じゃ。九州一円が引っくり返るような騒動になろうやら知れぬ。そうなったら島津の取潰し役は差詰め肥後で、肥後の後詰は筑前じゃ。主君《との》の御本心もそこに存する事必定じゃ。どっちに転んでも損は無い。……この老人の算盤は、文禄、慶長の生残りでな。チィット手荒いかも知れぬが……ハッハッ……」
 尾藤内記は苦り切って差しうつむいた。独り言のように溜息まじりにつぶやいた。
「それが左様参れば面白いがのう。ここに一つ、面白うない事が御座るて……」
「フーム。塙代与九郎奴は大目付殿の御|縁辺《えんへん》でも御座りまするかの……言葉が過ぎたら御免下されいじゃが」
「イヤイヤ。縁辺なら尚更厳しゅう取計らわねばならぬ役目柄じゃが」
「赤面の至り……では何か公辺の仔細でも……」
「……それじゃ……それそれ。先《ま》ずお耳を貸されい。の……これは又してもお納戸金をせびるのでは御座らぬが、この頃の手前役柄の入費が尋常でない事は、最早《もはや》お察しで御座ろうの……」
「察しませぬでか。不審千万に存じておりまする」
「御不審御尤も……実は江戸からチラチラと隠密が入込んでおりまする」
「ゲエッ……早や来ておりまするか」
「シイッ……黒封印(極秘密)で御座るぞ。……主君《との》の御気象が、大公儀へは余程、大袈裟に聞こえていると見えてのう。この程、大阪乞食の傀儡師《くぐつまわし》や江戸のヨカヨカ飴屋、越後|方言《より》の蚊帳《かちょう》売りなぞに変化《へんげ》して、大公儀の隠密が入込みおる。城内の様子を探りおる……という目明し共の取沙汰じゃ。コチラも抜からず足を付けて見張らせている。イザとなれば一人洩らさず大濠《おおほり》へ溺殺《ふしづけ》にする手配りを致しているがのう……油断も隙もならぬ。名君、勇君とあれば、御連枝《ごれんし》でも構わず取潰すが、三代以後の大公儀の目安(方針)らしい。尤も島津は太閤様以来|栄螺《さざえ》の蓋を固めて、指一本指させぬ天険に隠れておるけに、徳川も諦めておろう。……されば九州で危いのはまず黒田と細川(熊本)であろう……と備後《びんご》殿(栗山)も美作《みまさか》殿(黒田)も吾儕《われら》に仰せ聞けられたでのう。そのような折柄に、左様な申立てで塙代奴を取潰いて、薩州と事を構えたならば却って手火事を焼き出そうやら知れぬ。どのように間違うた尾鰭《おひれ》が付いて、どのような片手落の御沙汰が大公儀から下ろうやら知れぬ。それが主君《との》の御癇癖に触れる。大公儀の御沙汰に当藩が承服せぬとなったら、そこがそのまま大公儀の付け目じゃ。越前宰相殿、駿河大納言殿の先例も近いこと。千丈の堤も蟻《あり》の一穴《いっけつ》から……他所事《よそごと》では御座らぬわい。拙者の苦労は、その一つで御座る」
「フーム。いかにものう」
 と淵老人も流石《さすが》に腕を組んで考え込んだ。青菜に塩をかけたようになって嘆息した。
「成る程のう。そこまでは気付かなんだ。……しかし主君《との》はその辺に、お気が付かせられておりまするかのう」
「御存じないかも知れぬが、申上げても同じ事じゃろう」
「ホホオ。それは又、何故《なにゆえ》に……」
「余が家来を余が処置するに、何の不思議がある。……黒田忠之を、生命惜しさに首を縮めている他所《よそ》の亀の子大名と一列とばし了簡《りょうけん》違いすな……。そのような立ち入った咎《とが》め立てするならば、明国、韓国、島津に対する九州の押え大名は、こちらから御免を蒙《こうむ》る。龍造寺、大友の末路を学ぶとも、天下の勢《せい》を引受けて一戦してみようと仰せられる事は必定じゃ。大体、主君《との》の御不満の底にはソレが蟠《わだか》まっておるでのう。その武勇の御望みが、御一代押え通せるか、通せぬかが当藩の運命のわかれ道……」
「言語道断……そのような事になっては一大事じゃ。ハテ。何としたもので御座ろう」
「さればこそ、先程よりお尋ね申すのじゃ。よいお知恵は御座らぬか」
「御座らぬ」
 と淵老人はアッサリ頭を振った。
「お気に入りの倉八《くらはち》殿(十太夫)に御取りなしを御願いするほかにはのう」
 内記は片目を閉じてニヤリ笑い出しながら、頭をゆるやかに左右に振った。老人もニヤリと冷笑して頭を掻いた。倉八十太夫も、お秀の方も、殿の御気に逆らうような事は絶対にし得ない事を知っている二人は、今更のように眼を白くしてうなずき合った。
 微《かすか》な溜息が二人の顔を暗くした。城内の百舌《もず》の声がひとしきり八釜《やかま》しくなった。
「五十五万石の中にこれ以上の知恵の出るところは無いからのう」
「吾々如きがお納戸役ではのう」
「今の塙代与九郎は隠居で御座ったの」
 と尾藤内
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