……ハハ……」
「仰せられな。コレコレ坊主、茶を持て……」
二人は宿直《とのい》の間の畳廊下へ向い合った。百舌鳥《もず》の声が喧《やかま》しい程城内に交錯している。
お坊主が二人して座布団と煎茶を捧げ持って来た。淵老人が扇を膝に突いた。
「して何事で御座る」
尾藤内記は又腕を組んだ。
「余の儀でも御座らぬ。御承知の塙代与九郎|昌秋《まさあき》のう」
「ハハ……あの薩州拝みの……」
「シッ……その事じゃ。あの増長者奴《のぼせめ》が、一昨年の夏、あの宗像《むなかた》大島の島司《とうし》になっているうちに、朝鮮通いの薩州藩の難船を助けて、船|繕《つくろ》いをさせた上に、病人どもを手厚う介抱して帰らせたという……な……」
「左様左様《さようさよう》。その船は実をいうと禁断のオロシャ通いで、表向きに世話すると八釜《やかま》しいげなが……」
「ソレじゃ。そこでその謝礼とあって今年の春の事、薩州から内密に大島の塙代の家へ船を廻して、莫大もない金銀と、延寿国資の銘刀と、薩摩焼御紋入りのギヤマンのお茶器なんどいう大層な物を、御使者の手から直々《じきじき》に塙代与九郎へ賜わったという話な……御存じじゃろうが」
「存じませいでか。与九郎はこれが大自慢でチト性根が狂うとるという話も存じておりまする。つまりその薩州小判で、蓮池の自宅の奥に数寄《すき》を凝《こ》らいた茶室を造って、お八代に七代とかいう姉妹の遊女を知行所の娘と佯《いつわ》って、妾《めかけ》にして引籠もり、菖蒲《しょうぶ》のお節句にも病気と称して殿の御機嫌を伺わなんだ。馬術の門弟もちりぢりになって散々の体裁《ていたらく》じゃ。のみならず出会う人|毎《ごと》に、薩州は大藩じゃ。違うたもんじゃ違うたもんじゃとギヤマン茶碗や、延寿の刀や、姉妹の妾を見せびらかして吹聴致しているので皆、顔を背向《そむ》けている。あのような奴は藩の恥辱じゃから討って棄てようか……なぞと、部屋住みの若い者の中にはイキリ立つ者も在るげで御座るが、何にせいかの与九郎はモウ白髪頭ではあるが、一刀流の自信の者じゃで、皆二の足を踏んでいる……というモッパラの評判で御座るてや」
「フーム。よう御存じじゃのう。塙代がソレ程のタワケ者とは知らなんだ。遊女を妾にしている事や、家中の若い者の腹構えがそれ程とは夢にも……」
「アハハハ。左様《さよう》な立入った詮議は大目付殿のお耳には却《かえっ》て這入らぬものじゃでのう。……して今日のお召はその事で……」
「まったくその事で御座る。番座限《ここまで》のお話で御座るが……」
「心得ました。八幡口外は仕《つかまつ》らぬ」
「忝《かたじけ》のう御座る。おおかたお側の女《はした》どもの噂からお耳に入ったことと思うが、殿の仰せには、薩藩から余に一言の会釈もせいで、黒田藩士に直々《じきじき》の恩賞沙汰は、この忠之を眼中に置かぬ島津の無礼じゃ。又、塙代奴が余の許しも受けいで、無作《むさ》と他藩の恩賞を受けるとは不埒千万。不得心《ふとくしん》この上もない奴じゃ。棄ておいては当藩の示しにならぬ。家禄を召上げて追放せい。切腹も許さぬ……という厳しい御沙汰じゃが……」
「それは殿のお言葉が、恐れながら順当で御座ろう。とやかく申しても当、上様は御名君のう。天晴《あっぱ》れな御意……申分御座らぬ……」
尾藤内記は唖然となった。長い顔を一層長くした。玄翁《げんのう》で打っても潰れそうにない淵老人の頑固|面《づら》を凝視した。
二
「……これは如何《いかが》なこと……御老人までがその連れでは拙者、立つ瀬が御座らぬ。塙代与九郎の家は三百五十石、馬廻《うままわ》りの小禄とは申せ、先代|与五兵衛尉《よごへいのじょう》が、禁裡馬術の名誉以来、当藩馬術の指南番として、太刀折紙《たちおりがみ》の礼を許されている大組格《おおくみかく》の名家じゃ。取潰すとあれば親類縁者が一騒動起すであろう」
「イヤ。大騒動を起させるが宜《よ》う御座ろう。却《かえっ》て見せしめになりましょうぞ」
「いかなこと。殿の御意もそこで御座る」
「さればこそ。結構な御意……我君は御名君。老人、胸がスウーッと致した。早々与九郎を追放されませい」
「ささ。それが左様《さよう》手軽には参らぬ。与九郎奴の追放は薩藩への面当《つらあて》にも相成るでな」
「イヨイヨ面白いでは御座らぬか。この頃のように泰平が続いては自然お納戸の算盤《そろばん》が立ち兼ねて参りまする。ドサクサ紛れに今二三十万石、どこからか切取らねばこのお城の馬糧《かいば》に足らぬ。手柄があっても加増も出来ぬとあれば、当藩士の意気組は腐るばっかり。武芸|出精《しゅっせい》の張合が御座らぬ。主君の御癇癖も昂《たか》まるばっかり……取潰し結構。弓矢出入り尚更《なおさら》結構……塙代与九郎を槍玉
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