う》思うて、きょうも小母様を斬りました。この家の名折れと承わりましたゆえ」
「ウムッ。出来《でか》いたッ」
 と昌秋は膝を打った。両眼からホウリ落ちる涙を払い払い、暫くの間、黒い天井を仰いでいたが、そのうちにフト思い付いたように、仏壇の前にニジリ寄って線香を一本上げた。恭《うやうや》しく礼拝を遂げた。威儀を正して双肌《もろはだ》を寛《くつろ》げた。
「与一ッ」
「エッ……」
「介錯せいッ」
「ハッ……お祖父《じい》様……待ってッ。与一を斬ってッ……」
「未練なッ……退《の》けッ……」
 右肘で弾ね退《の》けられた与一は、襖の付根までコロコロと転がった。その間に昌秋は、袖に捲いた金剛兵衛をキリキリと左に引きまわして片手を突いた。喘《あえ》ぎかかる息の下から仏壇を仰いだ。
「塙代家、代々の御尊霊。お見届け賜わりましょう。たとい私故に当家は断絶致しましょうとも……かほどの孫を……孫を持ちました……私の手柄に免じて……お許しを……御許し賜わりまするよう……」
 与一は襖の付根に丸くなったまま泣き沈んでいた。
「与一ッ……」
「ハイ……ハイ……」
「介錯せい。介錯……」
「……………」
「未練な。泣くかッ」
「ハイ……ハイ……」
「祖父の白髪首級《しらがくび》を、大目付に突き付けい。女どもの首と一所に……」
「……ハッ……」
「それでも許さねば……大目付を一太刀怨め……斬って……斬って斬死にせい……ブ……武士の意気地じゃ……早よう……早ようせい」
「……ハ……ハイ……」

       六

 忠之は上機嫌であった。
「ホホオ……その十四になる小伜がのう……」
 大目付尾藤内記は紋服のまま、お茶室の片隅に平伏した。
「御意に御座りまする。祖父の昌秋と二人の側女《そばめ》の首級を三個、つなぎ合わせて、裸馬の首へ投げ懸けて、先刻手前役宅へ駈け込みまして、祖父の罪をお許し下されいと申入れまして御座りまする」
「……まあ……何という勇ましい……いじらしい……」
 と炉の前で濃茶の手前を見せていたお秀の方が、感嘆の余りであろう。耳まで真赤に染めて眼をしばたたいた。忠之も嘆息した。
「フーム。途方もない小僧が居れば居るものじゃのう。昔話にも無いわい。それでその方は家名継続を許したか」
「ハハ。ともかくも御前にまいって取《とり》なして遣《つか》わす故、控えおれと申し聞けまして、そのまま出仕致しましたが」
「……たわけ奴がッ……」
 と忠之は突然に大喝した。お秀の方は茶碗を取落しそうになった。
「……何で……何でそのような気休めを申した。その方の言葉に安堵した小伜が……許されたと思うて安心したその与一とやらが、その方の留守中に切腹したら何とするかッ。切腹しかねまじい奴ではないか、それ程の魂性ならば……馬鹿奴がッ……何故《なぜ》同道して引添うて来ぬか、ここまで……」
「ハハッ。御意の程を計りかねまして、次の間に控えさせておりまするが……」
「何と……次の間に控えさせておると申すか」
「御意に御座りまする」
「それならば何故早く左様《さよう》言わぬか。大たわけ奴が。ここへ通せ……ここへ……」
「ハハッ。何卒《なにとぞ》……御憐愍をもちまして、与一ことお許しの儀を……」
「エエわからぬ奴じゃ。余が手討にばしすると思うかッ。それ程の奴を……褒美をくれるのじゃ。手ずから褒美を遣りたいのじゃ。わからぬか愚か者奴がッ……おお……それから納戸の者を呼べ……納戸頭を呼べ……すぐに参《ま》いれと申せ」
 長廊下が一しきりバタバタしたと思うと、お納戸頭の淵老人と尾藤内記の間に挟まるようにして与一昌純が這入って来た。髪を改めてチャンとした紋服袴を着けていた。
 お秀の方の背後に居並ぶ側女の間に微かなサザメキが起った。
「……まあ……可愛らしい……まあ……」
 与一は悪びれもせずに忠之の真ン前に進み寄って両手を突いた。尾藤内記と淵老人が背後からその両袖を控えた。
「お眼通りであるぞ」
「イヤイヤ。固うするな。手離いて遣れ」
「ハハッ。不敵の者の孫で御座りまするによって、万一御無礼でも致しましては……」
「イヤイヤ。要らざる遠慮じゃ。余に刃向う程の小伜なればイヨイヨ面白い。コレ小僧。与一とやら。顔を見せい。余が忠之じゃ。面《つら》を見せい」
 与一は顔を上げると小さな唇をジッと噛んだ。上眼づかいに忠之を睨み上げた。
「ホホハハハ。なかなかの面魂じゃ。近頃|流行《はやり》の腰抜け面《づら》とは違うわい。ヨイ児《こ》じゃ、ヨイ児じゃ。近う参いれ。モソッと寄りゃれ。小粒ながら黒田武士の亀鑑《てほん》じゃ。ハハハ……」
「サア、近うお寄りや」
 お秀の方が取做《とりな》し顔に声をかけたが、与一はジロリと横目で睨んだまま動かなかった。のみならず頬の色を見る見る白くして、眦《まなじり》をキリ
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