ッタリと座りながら無造作に一つうなずいた。唇を切れる程噛んだまま昌秋の顔を凝視した。
昌秋の顔が真白くなった。忽ちパッと紅《あか》くなった。そうして又見る見る真青になった。
「お祖父《じい》様……お腹を召しませ」
与一は小さな手を血だらけの馬乗袴の上に突っ張った。
「……扨《さて》はおのれッ……」
昌秋の血相が火のように一変した。坐ったまま延寿国資の大刀を引寄せて、悪鬼のように全身をわななかせた。
与一はパッと一尺ばかり辷《すべ》り退《しりぞ》いた。居合腰のまま金剛兵衛の鯉口を切った。キッパリと言い放った。
「与一の主君は……忠之様で御座りまするぞッ」
「……ナ……ナ……何とッ……」
「主君に反《そ》むく者は与一の敵……親兄弟とても……お祖父《じい》様とても許しませぬぞッ……」
「おのれッ……小賢《こざか》しい文句……誰が教えたッ……」
「お父《とと》様と……お母《かか》様……そう仰言《おっしゃ》って……私の頭を撫で……亡くなられました……」
与一がオロオロ声になった。両眼が涙で一パイになった。ガラリと金剛兵衛を投げ出して昌秋の右腕に取り縋《すが》った。
「……与一を……お斬りなされませ。お斬り下さいませ。そうして……薩摩の国へ、お出でなされませ。のう……お祖父《じい》様……」
「……ウムッ……ウムッ……」
昌秋の唇が枯葉のようにわなないた。涙が両頬の皺をパラパラと伝い落ちた。太刀《たち》の柄に手をかけたまま、大盤石に挟まれたように身をもだえた。
「ええッ。手を離せッ……このこの手を……」
「……ハイ……」
と与一は素直に手を離して退《しりぞ》いた。斬られる覚悟らしく両手を突いて、うなだれた。
「……その上……その上……お祖父《じい》様は御養子……モトは西村家のお方ゆえ、御一存でこの家を、お潰しになってはなりませぬ。この家の御先祖様に対して、なりませぬ。……潰すならば与一が潰しまする。……与一は真実《まっこと》この家の血を引いたお祖母《ばあ》様の孫……」
「ウーム。その文句も父《とと》様|母《かか》様が言い聞かせたか」
延寿国資を静かに傍《かたわら》に差し置いた昌秋は、涙を払って坐り直した。平常のように眼を細くして孫の姿を惚れ惚れと見上げ見下ろした。与一は突伏したまま頭を強く左右に振った。
「与一が幼稚《おさな》時に人から聞いておりまする。左様《さよ
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