と抱き止めにかかる厩|仲間《ちゅうげん》を、
「エイッ……」
 と一《ひ》と当て、十三四とは思えぬ拳《こぶし》の冴えに水月《みずおち》を詰められて、屈強の仲間がウムムと尻餅を突いた。その隙に藁庖丁の上に懸けて在る手綱を外して、馬塞棒《ませぼう》の下を潜って、驚く赤馬をドウドウと制しながら、眼にも止まらぬ早業で轡《くつわ》を噛ませた。馬塞棒《ませぼう》を取払って、裸馬へヒラリと飛乗ると、頭を下げながら手綱|短《みじか》にドウドウドウドウと厩を出た。裏庭から横露地を玄関前へタッタッタッと乗出して、往来へ出るや否や左へ一曲り、
「ハヨ――ッ」
 と言う子供声、高やかに、早や蹄の音も聞こえなくなってしまった。

       四

 お城の南、追廻《おいまわし》門、汐見|櫓《やぐら》を包む大森林と、深い、広い蓮堀を隔てた馬場先、蓮池、六本松、大体山の一帯は青い空の下に向い合って櫨《はぜ》、楓《かえで》、紅葉の色を競っていた。
 その蓮池の山蔭《やまかげ》。塙代与九郎宅の奥庭、落葉《らくよう》を一パイに沈めた泉水に近く、樫と赤松に囲まれた離れ座敷は、広島風の能古萱葺《のこかやぶき》、網代《あじろ》の杉天井、真竹《まだけ》瓦の四方縁、茶室好みの水口を揃えて、青銅の釣燈籠、高取焼大手水鉢の配りなぞ、数寄者を驚かす凝《こ》った一構え……如何にも三百五十石の馬廻《うままわり》格には過ぎた風情《ふぜい》であった。
 その西側の細骨障子には黄色い夕陽が長閑《のどか》に、一パイにあたっていた。ピッタリと閉切《しめき》ったその障子の内側の黒檀縁《こくたんぶち》の炉の傍《そば》に、花鳥模様の長崎|毛氈《もうせん》を敷いて、二人の若い女が、白い、ふくよかな両脚を長々と投出しながら、ギヤマンの切子鉢に盛上げた無花果《いちじく》を舐《しゃぶ》っていた。二人とも御守殿風の長笄《ながこうがい》を横すじかいに崩《くず》し傾けて、緋緞子《ひどんす》揃いの長襦袢の襟元を乳の下まで白々とはだけたダラシなさ。最前から欠伸《あくび》を繰返し繰返し不承不承に口を動かしている風情であった。仄《ほの》暗い奥の十畳の座敷には、昨夜《ゆうべ》のままの夜具が乱れ重なって、その向うの開き放した四尺|縁《えん》には、行燈、茶器、杯盤などが狼藉と押し出されている。
「妾《わたし》……何やら胸騒ぎがする」
 と年上のお八代が、気弱ら
前へ 次へ
全19ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング