御座る。ハハハ」
「大目付殿の御慈悲……家中の者も感佩《かんぱい》仕るで御座ろう。その御心中がわからぬ与九郎でも御座るまいが……」
 淵老人は眼をしばたたいた。
「イヤ。太平の御代《みよ》とは申せ、お互いも油断なりませぬでの。つまるところは、お家安泰のためじゃ」
 尾藤内記はヤット覚悟を定めたらしく、如何にも器量人らしい一言を残して颯爽《さっそう》と大玄関に出た。
「大目付殿……お立ちイイ……」
「コレッ……ひそかにッ……」
 と尾藤内記は狼狽してお茶坊主を睨み付けた。お徒歩侍《かちざむらい》、目明し、草履取《ぞうりとり》、槍持、御用箱なんどがバラバラと走って来て式台に平伏した。

       三

「アッハッハッハッ。面白い面白い」
 酒気を帯びた塙代与九郎昌秋は二十畳の座敷のマン中で、傍若無人の哄笑を爆発さした。通町の大西村と呼ばれた千二百石取の本座敷で、大目付の内達によって催された塙代家一統の一族評定の席上である。
「ハハア。素行を改めねば追放という御沙汰か。薩藩の恩賞を貰うたが、お上の気に入らぬか。面白い……出て行こう。……黒田の殿様は如水公以来、気の狭い血統じゃ。名誉の武士は居付かぬ慣わしじゃ。又兵衛基次の先例もある。出て行こう。三百や五百の知行に未練はないわい。アッハッハッハッハッ……」
 真赤になって怒号し続ける与九郎昌秋の額には、青い筋が竜のように盛上って、白い両鬢《りょうびん》に走り込んでいた。左手には薩州から拝領の延寿国資の大刀……右手には最愛の孫、与一|昌純《まさずみ》の手首をシッカリと握って、居丈高の片膝を立てていた。
 並居る西村、塙代両家の縁家の面々は皆、顔色を失っていた。これ程の放言を黙って聞き流した事が万に一つも主君忠之公のお耳に達したならば、どのように恐ろしいお咎めが来る事かと思うと、生きた空もない思いをしているらしく見えた。
「面白い。一言申残しておくが、吾儕《われら》は徒《いたず》らに女色に溺れる腐れ武士ではないぞ。馬術の名誉のために、大島の馬牧《うままき》を預ったものじゃ。薩州から良い種馬を仕入れたいばかりに、島津家と直々《じきじき》の交際《つきあい》をしたものじゃ。大名の島津と、黒田の家来格の者が対等の交際をするならば黒田藩の名誉でこそあれ。ハッハッ、それ程の器量の武士《さむらい》が又と二人当藩におるかおらぬか。それを賞め
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