日限が切れそうになって来た。伯父の経営する店を発見しない中《うち》に私の心臓がパンクしてしまえばソレッキリである。Q大の十一号病室で弟に残りの三百円を呉《く》れてしまって自殺した方がまだしも有意義だった……という事になる。
 二週間がアト一日となった五月十一日は折角《せっかく》晴れ続いていた天気が引っくり返って、朝から梅雨《つゆ》のような雨がシトシトと降っていた。
 何も私の大動脈瘤の寿命が四月二十七日からキッカリ二週間と、科学的に測定されている訳ではなかったけれども、起上ってみると妙に左の肋骨の下が、ドキドキドキと重苦しく突張り返って来るような気がした。
 私は見違えるほど痩せ衰えた自分の顔を洗面所の鏡の中に覗いてみた。心臓を警戒して久しく湯に這入らなかったせいか皮膚が鉛色にドス黒くなって睡眠不足の白眼が真鍮色《しんちゅういろ》に光っている。何となく死相を帯びているモノスゴサは、さながらにお能の幽霊の仮面《めん》だ。自分でも気になったので、安全|剃刀《かみそり》で叮嚀に剃って、女中からクリームとパウダを貰ってタタキ付けた。午後になると、自分の心が自分の心でないような奇妙な気持で、依然
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