常な潜勢力を有し、非常時の内治、外交の裡面に重大な暗躍を試みているらしい事も、私が嘗て東京で、暴力団の用心棒をやっていた関係からチャンと睨んでいる。
伯父はそうした異国趣味のエロ商売で、日本に亡命して来る印度《インド》の志士や、潜入して来る各国のスパイ連を片端《かたっぱし》から軟化させているという噂だ。
私の知っている事実は、そればかりでない。
その位な伯父、須婆田車六のそうした財産は、私の父親を殺して奪い取ったものである事も、私はチャンと察しているのだ。
私の父親は日露戦争当時から、日本の軍事探偵となって、満洲|西比利亜《シベリア》方面を跋渉《ばっしょう》しているうちに、松花江《しょうかこう》の沿岸で、素晴らしい金鉱を幾個所となく発見していた。しかし沈着な父は、それを誰にも話さずにいたが、日露戦役後、私の実母が、積る苦労のために病死すると、父は親友の須婆田車六の実姉で、須婆田弓子という若い美しい未亡人を後妻に貰った。
それは私が子供心にも美しいと思った位であったから余程美しい評判の婦人であったろうと思う。親類たちは妙にこの婦人を白い眼で見て、「あんまり年を老《と》ってから美しい奥さんを持つと決していいことはない」などとまだ子供の私に云い聞かせていた位であったが、義母の弓子は、この上もなく私を可愛がって実の母以上につくしてくれたので、私はむしろそんな親類に反感を持って義母になついていたものであった。ところが世間の噂というものが妙に適中するものであるように、こうして親類たちの中傷の言葉が不思議にも讖《しん》をなしたのであった。要するに私たちの若い母親が余りにも美しすぎたせいであったから。
この義母の弓子が今の弟、友次郎を生むと間もなく、父がその若い母を愛する余りに、その金鉱の事を何気なく打明けた。近いうちに軍事探偵を廃業して、ここに砂金を採りに行くのだと云って、満洲の地図に赤い印を附けてみせたものである。これがそもそもの間違いの初まりであった。
私たちの愚かな母親弓子は当時|哈爾賓《ハルピン》の英国商人の処に奉公していた伯父に、その事を通信したらしい。伯父は直ぐに帰って来て母親からその地図を捲き上げると、哈爾賓《ハルピン》に引返して、私の父が軍事探偵である事を|G・P・U《ゲーペーウー》に密告したに違いないのだ。
間もなく砂金採掘の用意をして渡満した父
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