「フウン……お父さんはどこに居りますか」
私の言葉が自然と叮嚀《ていねい》になった。
「私たちのお父さん、印度に居ります」
「イヤ。そのお母さんの旦那様です。わかりますか」
「わかります。私の印度に居るお父様が、西洋人から領地を取上げられかけた時に、私たち姉妹《きょうだい》を買い取って、お父様を助けて下すった方でしょ」
「そうです。その方の名前は何と云いますか」
「二階のお母さんの旦那様です。須婆田さんと云います」
私の胸は躍った。
「そうそう。その須婆田さんです。どこに居られますか。その須婆田さんは……」
「表に居なさいます」
「表に……? 表のどこに……」
「印度人になって立っていなさいます」
「アッ。あの印度人ですか。僕は真物《ほんもの》かと思った」
「須婆田さんはホントの印度人です」
「成る程成る程。貴女《あなた》はそう思うでしょう。スゴイ腕前だ。それじゃ十円上げますから僕の云う事を聞いて下さい」
「嬉しい。抱いて頂戴……」
と叫ぶなりアダリーは私の首に両腕を巻き付けた。異国人の体臭が息苦しい程私を包んだ。誰に仕込まれた嬌態か知らないが私は急に馬鹿馬鹿しくなった。
「馬鹿……ソレどころじゃないんだ。入口へ案内してくれ給え」
「……あの……会わないで下さい。どうぞ……」
アダリーは早くも私の顔色から何か知ら危険な或るものを読んだらしい。
「イヤ。心配しなくともいいんだよ。お前を身請《みうけ》するのだ」
「……ミウケ……」
「そうだ。お前を俺が伯父さんから買うのだ」
「エッ。ホント……?」
「ホントだとも。俺は果物屋の主人なんだ。お前を店の売子にするんだ。いいだろう」
「嬉しい。妾《わたし》歌を唄います」
「歌なんか唄わなくともいい。二階のお母さんていうのは雲月斎玉兎っていう奇麗な人だろう」
「イイエ。違います。ウノコ・スパダっていう人です」
「おんなじ事だ」
こんな会話をしているうちにアダリーは私を導いて、暗い地下室の階段を登り詰めた。右手に狭い暗い木の階段が在る。ちょうど玄関の用心棒連が腰をかけている背後《うしろ》らしい。
「二階へ行くのはこの階段だろう」
「ハイ。あたしここより外へは出られません」
「ヨシ。あの部屋に帰って待ってろ。今に主人の須婆田さんが呼びに行くから……」
玄関には最前の通り用心棒らしいタキシード男が三人、腰をかけて腕を組んで
前へ
次へ
全28ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング