として青々と降り続ける小雨の中をフラフラと銀座に出た。
私の仕事の範囲はもう残り少なになって来た。
京橋際に近いとある洋品店と額縁《がくぶち》屋の間に在る狭い横路地の前を通ると、その奥に何か在りそうな気がしたので、肩を横にして一町ばかり進入してみた。
私は間もなく漆喰《しっくい》でタタキ固めた三間四方ばかりの空地に出た。
正面の頑丈な木の扉《ドア》に、小児の頭ぐらいの真鍮鋲《しんちゅうびょう》を一面に打ち並べた倉庫のような石造洋館が立塞《たちふさ》がっている。残りの三方は巨大なコンクリート建築の一端で正方形に囲まれている。そのビルデングの背中に高く高く突上げられた十坪ほどの灰色の平面から薄光りする雨がスイスイスイと無限に落ちて来る。
「イラッシャアイ……」
耳の傍で突然に奇妙な声がしたので私はビックリした。
私の眼の前……空地のマン中に、天から降ったような巨大な印度人が突立っている。
私は一歩|退《しりぞ》いた。眼を丸くしてその印度人を見上げた。
二
体重三十貫近くもあろうかと思われる太刀《たち》山さながらの偉大な体格だ。頭の上に美事なターバンを巻付けているので一層物々しく、素晴らしく見える。太い毒々しいゲジゲジ眉の下に茶色の眼が奥深く光って、鼻がヤタラに高い。ダブダブの印度服に、無恰好なゴム長靴を穿いて一瞬間私を胡乱《うろん》臭そうな眼付で見たが、やがて頭をピョコリと下げて見せた。
私は何だかここいらに伯父の巣窟がありそうに思えたので、その印度人に握手する振りをして十円札を一枚握らせると、印度人は私の気前のいいのに驚いたらしい。
毛ムクジャラの両手を胸に当てて、最高級の敬礼をした。直ぐ背後《うしろ》に在る真鍮鋲の扉《ドア》を押して開いて、私を迎え入れるべくニッコリと愛嬌笑いをした。
扉《ドア》の内側は豪華なモザイクのタイルを張詰めた玄関になっていた。そのタイルの片隅に横たえられた長椅子にタキシードを着た屈強の男が三人、腕組みをして並んでいたが一眼で用心棒という事がわかる。その中の一人が印度人の眼くばせを受けると慌てて立って釘のように折れ曲りながら私に一礼した。右手の地下室に通ずる扉《ドア》を開いて、私を導き入れると、ピシャンと背後《うしろ》から扉《ドア》を閉じた。
私は青い光りに照されているマット敷の階段を恐る恐る降りて、
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