酔眼|朦朧《もうろう》たる斎藤さんが探し出したんだね。瓶の向う側に「吐」の字が隠れているのを見落して、アトの「酒石酸」の三字だけを見ると、これだこれだというので早速|匙《さじ》で杓《しゃく》ってドッサリ口に入れた。台所に来て水を飲んで、それから悠々と重曹を流し込んだ結果、起ったナンセンス悲劇という事が、ここに到ってハッキリとわかったんだ。
むろんB町の警察署は、吾輩の説明で納得してくれたよ。西木獣医は即刻釈放されるし、そうなると斎藤の後家さんも頑張る理由がなくなったので伜の結婚を承諾した。医学士の内縁夫婦は、大阪の友人の処に隠れていたのを引っ張り戻されて、M内科部長の媒酌で正式に結婚したがね。将来絶対禁酒というので水盃で三三九度を遣ったそうだ。この間、子供が生まれたといって吾輩の処へ礼云いに来たっけが……どうも頭のいい人間に限ってシッカリしたところがないから駄目だよ。この頃の青年の特徴かも知れないがね。むろん書いちゃいけないぜ。この話は……みんな馬鹿だったという話だからね。ハハハ……。
底本:「夢野久作全集10」ちくま文庫、筑摩書房
1992(平成4)年10月22日第1刷発行
入力:柴田卓治
校正:しず
2001年1月16日公開
2006年2月25日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全9ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング