にシッカリと抱《だ》き抱《かか》えて、身体《からだ》中血だらけになって、やっとの思いで、小舎《こや》の処へ帰って来ました。
 けれども私たちの小舎《こや》は、もうそこにはありませんでした。聖書や枯れ草と一緒に、白い煙となって、青空のはるか向うに消え失せてしまっているのでした。

       *

 それから後《のち》の私たち二人は、肉体《からだ》も霊魂《たましい》も、ホントウの幽暗《くらやみ》に逐《お》い出されて、夜となく、昼となく哀哭《かなし》み、切歯《はがみ》しなければならなくなりました。そうしてお互い相抱き、慰さめ、励まし、祈り、悲しみ合うことは愚か、同じ処に寝る事さえも出来ない気もちになってしまったのでした。
 それは、おおかた、私が聖書を焼いた罰なのでしょう。
 夜になると星の光りや、浪の音や、虫の声や、風の葉ずれや、木の実の落ちる音が、一ツ一ツに聖書の言葉を※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《ささ》やきながら、私たち二人を取り巻いて、一歩一歩と近づいて来るように思われるのでした。そうして身動き一つ出来ず、微睡《まどろ》むことも出来ないままに、離れ離れになって悶《もだ》えている私たち二人の心を、窺視《うかがい》に来るかのように物怖ろしいのでした。
 こうして長い長い夜が明けますと、今度は同じように長い長い昼が来ます。そうするとこの島の中に照る太陽も、唄う鸚鵡《おうむ》も、舞う極楽鳥も、玉虫も、蛾も、ヤシも、パイナプルも、花の色も、草の芳香《かおり》も、海も、雲も、風も、虹も、みんなアヤ子の、まぶしい姿や、息苦しい肌の香《か》とゴッチャになって、グルグルグルグルと渦巻き輝やきながら、四方八方から私を包み殺そうとして、襲いかかって来るように思われるのです。その中から、私とおんなじ苦しみに囚《とら》われているアヤ子の、なやましい瞳《め》が、神様のような悲しみと悪魔のようなホホエミとを別々に籠《こ》めて、いつまでもいつまでも私を、ジイッと見つめているのです。

       *

 鉛筆が無くなりかけていますから、もうあまり長く書かれません。
 私は、これだけの虐遇《なやみ》と迫害《くるしみ》に会いながら、なおも神様の禁責《いましめ》を恐れている私たちのまごころを、この瓶に封じこめて、海に投げ込もうと思っているのです。
 明日《あした》にも悪魔の誘惑《い
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