と云った。すると健策は、その言葉を待ちかねていたかのように大きく、一ツうなずいた……が、間もなく何かしらパッと赤面しながら微苦笑を浮かべた。
「……そうなんです……品夫は親の讐敵《かたき》を討ちたいから、今|暫《しばら》く結婚を延期してくれと云うのです。……あんまり馬鹿馬鹿しい云い草なので、実は僕も面喰っているのですがね……ハハハハハ」
 黒木はしかし笑わなかった。なおも健策の顔を凝視しながら、躊躇《ちゅうちょ》しいしい問うた。
「……ヘエ……しかし、それには何か深い理由《わけ》がおありになるでしょう?」
「ええ……それは、あるといえば在るようなものです。貴方《あなた》のように世間を広く渡っておられる方に、その理由《わけ》というのを聞いて頂いたら、何か適当な御意見が聞かれはしまいかと思って、実はお話しするんですがね……ほかに相談相手も無いしするもんですから……」
「ヘエ……私で宜《よろ》しければですが……しかし、そんな立ち入った事を……」
「構いませんとも……誰も聞いている者はありませんから……ほかでもありません。……今もお話しする通り、品夫と僕の事は、死んだ養父《ちち》の玄洋が
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