ンカンな感じがしましたから……その時にこう云ってやったのです……。それは一応|尤《もっと》もな意見だが……しかし、もう親類と相談をしてきめてしまった事だから、今更変更するのは面白くないだろう……と……」
「なるほど……これも御道理《ごもっとも》ですね」
「そう云いますと、今度は品夫の奴がメソメソ泣き出して、ウンともスンとも返事をしなくなったんです」
「ヘエ……なるほど……」
「……様子が変ですから僕はいよいよ気になりましてね……何故《なぜ》泣くのかと云って無理やりに、根掘り葉掘り尋ねますと、やっとの事で白状したのです。……つまり妾《わたし》は、二十年|前《ぜん》に殺された、妾の実のお父さんの讐敵《かたき》を討たなければ結婚をしない決心だと云うので……イヤもうトンチンカンにも、時代錯誤にも、お話しにならない奇抜な返答なのですが、本人はそれでも頗《すこぶ》る付きの大真面目らしいので、僕はスッカリ面喰ってしまいました」
「ヘエ……それは……お驚きになったでしょう……」
「イヤもう、お話しするのも馬鹿馬鹿しい位ですがね……ですから僕も、始めは何かしら云い難《にく》い理由《わけ》があるのを隠すために、そんな無茶を云うのじゃないか知らんとも思ってみたんですが、品夫の真剣な態度を見ると、どうもそうじゃないらしいんです……というのは、元来品夫は僕と違って文学屋で、女の癖に探偵小説だの、宗教関係の書物だのを無闇矢鱈《むやみやたら》に読みたがるのです。露西亜《ロシア》人が書いたとかいう黒い表紙の飜訳小説を取り寄せて、夜通しがかりで読んだりする位で……ですから、そんなものの影響を受けているのでしょう。ごく平凡なつまらない事までも、恐ろしく深刻に考え過ぎる癖があるのです。……それで、こんな事を空想したんじゃないかと気が付いたのですがね」
「ハハア……成る程……それはそうかも知れませんな。……しかしそれにしても妙ですナ。品夫さんのお父さんは二十年も前にお亡くなりになったので、顔もよく御存じ無い筈なのに、どうしてそのお父さんの讐仇《かたき》の顔を見分けられるのでしょう」
「それが又奇抜なんです。品夫はその実父《ちちおや》を殺した犯人が生きてさえおれば、一生に一度はキットこの村に帰って来るに違い無いと云うのです。何故かと云うと或《あ》る犯罪者が、自分の犯した罪悪の遺跡を、それとなく見てまわったり
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