」
と云った。すると健策は、その言葉を待ちかねていたかのように大きく、一ツうなずいた……が、間もなく何かしらパッと赤面しながら微苦笑を浮かべた。
「……そうなんです……品夫は親の讐敵《かたき》を討ちたいから、今|暫《しばら》く結婚を延期してくれと云うのです。……あんまり馬鹿馬鹿しい云い草なので、実は僕も面喰っているのですがね……ハハハハハ」
黒木はしかし笑わなかった。なおも健策の顔を凝視しながら、躊躇《ちゅうちょ》しいしい問うた。
「……ヘエ……しかし、それには何か深い理由《わけ》がおありになるでしょう?」
「ええ……それは、あるといえば在るようなものです。貴方《あなた》のように世間を広く渡っておられる方に、その理由《わけ》というのを聞いて頂いたら、何か適当な御意見が聞かれはしまいかと思って、実はお話しするんですがね……ほかに相談相手も無いしするもんですから……」
「ヘエ……私で宜《よろ》しければですが……しかし、そんな立ち入った事を……」
「構いませんとも……誰も聞いている者はありませんから……ほかでもありません。……今もお話しする通り、品夫と僕の事は、死んだ養父《ちち》の玄洋が、もうズット前から決定《とりきめ》ていましたので、親類連中とも話し合って、去年の暮に式を挙げるばかりになっていたのが、養父《ちち》の病気でツイ延び延びになってしまったんです。……それで、養父《ちち》が亡くなりますと、正月の十一日でしたが……三七日の法事の時に、親類たちと相談をしまして、四十九日の法事が済んだら、間もなく式を挙げる事に決定したのですが、それを品夫が聞きますと、意外にも、頑強な反対論を持ち出しましてね……今までは別に異存も無いらしかったのですが……」
「ヘエ……妙ですな。それは……」
「エエ……妙なんです……。つまり養父《ちち》の百箇日が来るまで遠慮したいと云うので……そのうちには品夫の実父の二十一回忌も来るしする事だから、そんな法事をスッカリ済ましてから、ゆっくりと式を挙げたいと云うのです」
「成る程……それなら御無理もないかも知れませんね……。初《うぶ》なお嬢さんは何となく結婚を怖がられるものですから」
健策は又も耳のつけ根まで赤くなった。
「……エエ……それは僕も知っています。しかし、そういう品夫の態度が恐しく真剣なので、僕はすこし気にかかりましてね。何となくトンチ
前へ
次へ
全27ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング