しい事件に見えますね。……つまりその悪人の何とかいう青年が、大恩ある品夫さんのお父さんを、山の上で惨殺して、財産を奪って逃げた事になるので、この事件は、そうした残忍非道な性格によって行われた、計画的な犯行という事になるでしょう」
「全くその通りです。実松源次郎氏を殺さずとも、その恩義を忘れただけでも当九郎は大罪人だ……と養父《ちち》は云っておりました」
「ところがです……ここで今一つお尋ねしますが貴方は……貴方のお養父《とう》様でもおなじ事ですが、この三ツの事件を別々に引き離してお考えになった事は、ありませんか」
「……………」
 健策は膝を抱えたまま頭を強く左右に振った。思いもかけぬ……という風に……。黒木は白い歯を露《あら》わして微笑した。
「……ハハア。おありにならない。多分そうだろうと思いました。それならば試しに、この事件の三ツの要素を、一ツ一ツに分解して考えて御覧なさい。そんな有《あ》り触《ふ》れた殺人事件なぞより数層倍恐ろしい……戦慄《せんりつ》すべき出来事となって、貴方がたの眼に映じて来はしまいかと思われるのですが」
「……数層倍恐ろしい……」
「そうです……おわかりになりませんか」
「わかりません」
「ハハア。おわかりにならない……イヤ御尤《ごもっと》もです。私の判断の根拠というのは、今も申します通り、極めて非常識なものですからね……しかし或る程度までは常識で説明出来るのです。否《いな》……却《かえ》って私の考えの方が常識的ではないかと思われるのですが……」
「ハハア……それはどういう……」
「……まず……この事件の犯人と目されている今の……エエ。何とかいいましたね。ソウソウ当九郎……その甥の行方不明と、この事件とが結びつけられているのは一応もっとも千万な事と考えられます……というのは、源次郎氏の妻君と、忠義な乳母《うば》のお磯とを除いた村の人間の中《うち》で、源次郎氏が金を隠している場所を発見する可能性が一番強いのは、誰でもない……その甥の当九郎という事になるのですからね」
「いかにも……」
「……一方に叔父御《おじご》の源次郎氏は、変人の常として、存外、用心深いところもあるので、支那人のように全財産を胴巻か何かに入れて、夜も昼も身に着けておく習慣があったかも知れない。それを又当九郎が推察したものとすると、その金を奪うためには是非とも源次郎氏を殺さ
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