もない空想を抱くようになったのじゃないかと想像しているんですがね……貴方《あなた》の御意見はどうだか知りませんが……」
「……そうですね……それはそうかも知れませんが……。しかし何しろ私も、そんな噂話があるという事を、看護婦を通じて聞いただけですから、シッカリした考えは申上げかねるのですが……」
「……成る程……それじゃその事件のあらまし[#「あらまし」に傍点]だけを、今から掻《か》い抓《つま》んでお話してみましょうか。その時に立ち会った養父《ちち》の話ですから、村の噂などよりもズット正確な訳ですが……聞いてくれますか貴方は……」
「……ヘエ。それは是非伺いたいものですが……しかし……御承知の通り私は、すこし興奮すると、すぐに睡《ねむ》れなくなる性質《たち》なので、それに時間も遅いようですし……」
「……イヤ。まだ十時位でしょう。眠れなかったら、あとで散薬か何か上げますから、それを服《の》んだらいいでしょう。もう本当は退院されてもいい位に恢復しておられるのですから、一《ひ》と晩ぐらい夜更かしをされても大丈夫ですよ……僕が請け合います……」
「アハハハハ……イヤ。散薬なら二三日前に頂戴《ちょうだい》したのがまだ残っていますが……」
「そうして適当な判断を下してくれませんか……品夫が外国の探偵小説にカブレて、そんな事を云い出したものか、それともほかに何か理由《わけ》があっての事か……どうかというような事を……」
「ハハハハハ……ドウモそう性急に仰言《おっしゃ》っちゃ困りますがね。……婦人の心理というものは要するに、男にはわからない物だそうですから……」
「まったくです。全然不可解なんです」
「アハハ……イヤ……私も無論、御同様だろうとは思いますが……それじゃ、とにかくその事件の成行《なりゆき》というものを伺った上で、一ツ考えさして頂きますかね」
「どうか願います……こうなんです。……品夫の父親というのは今から三十年ほど前に、親父《ちち》の玄洋が、この村の獣医として東京から連れて来た、実松《さねまつ》源次郎という男で、死んだ時が四十いくつとかいう事でした。生れは東北のC県で、T塚村という大村の、実松家という富豪の跡取《あととり》息子だったそうですが、どうした理由《わけ》か、故郷に親類が一人も居なくなったので、田地田畑をスッカリ金に換えて上京したものだそうです。そうして獣医
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