自分の罪の遺跡に引きつけられつつ、犯罪を二重に楽しんで行こうとする犯人の気持ちと、その犯人のそうした執念深い慾望をキレイに断《た》ち切って終《しま》うかどうかしなければ、どうしても気が済まない、生一本《きいっぽん》の娘の心理とが、タマラナイ程深刻に描《えが》きあらわしてあった……と云うのです。何でも品夫はその小説を読んでから、そんな気になったのじゃないかと思うんですが……」
「ハハア……」
 と黒木はイヨイヨ感動したらしく、片手で鼻の下を撫でおろした。
「……仏蘭西《フランス》か伊太利《イタリー》物らしい小説ですな。……けれども万に一つその通りになったら、お嬢さんは、トテモ素晴らしい直感力を持っておられる訳ですね」
 健策も苦笑しながら、ツルリと顔を撫でまわした。
「どうも赤面の至りです。あんまり非常識な話なので……」
「……イヤ……しかし驚き入りましたナ。……実は私も品夫さんのお父さんに関する村の人の噂を二三聞いているにはいたのですが、大部分誇張だろうと思いましたし、もしかすると岡焼き連《れん》の中傷かも知れないと思いましたから、今の今までチットも信じていなかったのですが……」
「イヤ……村の者の噂は大部分事実なのです。品夫はたしかに氏素性《うじすじょう》のハッキリしない者の娘で、しかも変死者の遺児《わすれがたみ》に相違無いのです。つまり、その犯人が捕まらないために、何もかもが有耶無耶《うやむや》に葬られた形になっているので……」
「ハハア。……してみると所謂《いわゆる》迷宮事件ですな」
「そうなんです。品夫の父親が殺された事件は徹頭徹尾、迷宮でおしまいになっているのです。何しろ二十年も昔の事ですから、警察の仕事もいい加減なものだったでしょうし、おまけにこんな片田舎の高い山の上で行われた犯罪ですから、たしかな証拠なぞは一つも掴まれなかったらしいのです」
「成る程。しかし物的の証拠は無くとも、心的の証拠は何かあった訳ですね。犯人が仮想されていた位ですから……」
「それはそうです。その当時はたしかにそれに相違無いという犯人の目星がついていたのですが、今となっては、その犯人が捕まらないために、事件全体が五里霧中の未解決のままになっているのです。……ですから、そんなところから色々な噂も起って来るでしょうし、品夫も亦《また》ソンナ事を探偵小説的に考え過ぎた結果、飛《と》んで
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