引き付けられながら、親しい学友にそっと手紙を見せて、
「あたしどうしようかと思っているのよ」
 と相談をして見るのは、相手の言葉と鼻の表現とにそぐわないところがあるのにいつとなく感じた不安からでありましょう。
 悪魔式鼻の表現の苦手は、いつでも音《おと》なしい正直な人間か又は数等|上手《うわて》を行く明眼達識の士かであります。このような人々の無欲な静かな、そうして澄み切った眼は、悪魔式鼻の表現家の最も忌み嫌うところであります。
 うっかりするといたいけな小児たちまでも、恐るべき苦手となる事が些なくないのであります。家内眷族が尽《ことごと》く信用し切っている叔父さんや伯母さんを、お嬢さんや坊ちゃんがどういう訳だか好かない事があるのであります。
「あの人は嫌い」とか「あの人は嘘|吐《つ》き」とか、別に欺《だま》しもしないのに平気で宣告する事があります。これはその純潔な澄み切った心の鏡に、愛想のいい相手の鼻の表現の底に横たわる或るものがチラリチラリとうつるからで、いくら御機嫌を取っても誠意を示しても益《ますます》反感を買うばかりとなる事すら珍らしくないのであります。
 偽った鼻の表現の価値が
前へ 次へ
全153ページ中94ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング