の意志、感情、妄想なぞいうものをピタリと押え付けた気持ちを云ったものであります。かようするとその気持ちは平生とはまるで違って、眼はあらゆる注意力を奥深く輝かせ、口はあらゆる意志を一文字に啣《くわ》え込む。耳はすべての響に対して底の底まで澄み渡る。同時に鼻の頭のすべての表現は八方に消え失せて、只|無暗《むやみ》に強く深く冴え渡った緊張味だけが全身の気組を代表して残っているという事になるのであります。
泥棒や掏摸《すり》、刑事、巡査、その他の司法官又は武術家、運動家なぞの鼻の頭には、この気分がコビリ付いてふだんに緊張した表現を見せているのがあります。
「鼻息を窺う」というのもこれに似た気分であります。但しこれは相手が人間であって、しかも自分よりも上手《うわて》に対して「鼻息を殺した」場合の形容詞と認めて差し支えありません。
自分の鼻の表現を一切引き締めて、相手の気分の虚実に乗じてやろう、弱味があったらつけ込もう、強味があったら受け流そう、笑ったら笑ってやろう、泣いたら泣いてやろう、そうして相手を動かしてやろうというので、前に述べました「鼻ぐすり」の代りに掛け引き一つで行こうとする極めて
前へ
次へ
全153ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング