う鼻の表現が如何に三十円に値せぬかは、通人ならぬ御客様でも一眼でおわかりの事と存じます。
「お蔭様で助かります」
という仏面《ほとけづら》と、
「抵当が欲しけりゃ持って行け」
という閻魔面《えんまづら》とのどちらにも、横着を極めた鼻の表現が共通して存在している事は誰しも認め得るところでありましょう。
鼻の表現はこうして常にその誠意の有無を裏書して、相手の警戒心を挑発します。「嘘から出たまこと」でも「真事《まこと》から出たウソ」でもそのままソックリ写し出して、鼻の表現の邪道の研究範囲を狭くして行きます。三千年前から聖人が心配していた世道人心が、今日迄も案外|廃《すた》れ切らないのは、偏《ひとえ》にこの鼻の表現の御蔭ではありますまいかと考えられる位であります。
親の罪を引き受けて「私が致しました」というしおらしい孝子の鼻の表現と、自分の罪を他人になすり付けて「一向に存じませぬ」と白《しら》を切る悪党の済まし切った鼻の表現は、どうしても違わなければなりませぬ。同時にあらゆる証拠が揃っていながら「冤罪《むじつ》だな」と名奉行が心付き、又はなんの証拠もなくて反証ばかりあがっていながらテッ
前へ
次へ
全153ページ中120ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング