ばなりませぬ。
昔から人類の中《うち》には随分この鼻の表現という問題に就いて苦心研鑽を重ねた人が多いのであります。唯明らかに「鼻の表現」と銘を打って公表したり、又は直接に「これは鼻の事である」と裏書をしていないだけで、その道を得た人の多い事、そうしてこれに就いて述べてある心得の夥《おびただ》しい事、書物だけにしても山を築くは愚か、殆ど想像も及ばぬであろうと考えられる位であります。
それならば何故《なにゆえ》に「鼻」と名乗って研究しなかったか。又は如何《いか》なる仔細で「鼻の表現」として公表しなかったか。この仔細又は理由の在るところはこの全篇を読み終られましたならば成る程と膝を打たれるところがあるでありましょう。要するに「鼻の表現」の一篇はそれ等の受け売りであります。それ等の書物の中から必要に随って文句や意味を選み出しては綴り合わせ、綴り合わせては拾い出して、恰《あたか》も一個人の意見であるかのようにして研究を進めて行ったものに過ぎませぬ。
これは一つは、今日迄に遂げられた各方面の先覚者の研究が実に到れり尽せりで、新発見のつもりで研究を進めて行っても直ぐに鼻が閊《つか》えるからで、
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