面の装飾のため。それから今一つは、その文化向上のプライドを何等《なんら》かの方法に依って標示したいという内的の刺激からこんな風に発達して来たものである。その証拠には下等動物程鼻が低くて、上等動物ほど鼻が高い。要するに鼻は、ピラミッドの芸術的価値と自由女神像の宗教的価値とを一つにした意味をもっているものである。鼻というものは只それだけのものである」
ところがもっと神経の鋭い人は、こうした断定があるにしてもまだまだ不満足が感ぜられるに違いありません。依然としてこの鼻に対して懐疑の念を持ち続けられるに違いありませぬ。
「たしかに何等かの使命を持っているものに違いない。もっともっと高潮した意義を含む存在の理由……人間の内的生活に対して何等かの深い関係を持っているもののように思われてならぬ……そうして又見れば見る程不思議な恰好……恐ろしく神秘的なもののような……同時に又恐ろしく無意義なるもののような……」
こうしてとうとう要領を得ずじまいに終られる方が多いであろうと考えられます。
しかしこの疑問に対してもっと突込んで研究して行こうというのは、いずれにしても余程の閑人か又はかなりの生まれ損ないでなければなりませぬ。この忙しい世の中に自分の鼻を睨んで考え詰めるというような人は滅多にあるまいと想像されます。
実際上世間では千人中の九百九十八人か九人位までは、生活の問題とその慰安|或《あるい》は特別のお楽しみ筋なんぞのために寸暇も無い位頭を使っておられるように見受けられます。
「鼻の表現なんてあるかないか当《あて》になったものじゃない。あったにしたところが、持って生れた親ゆずりの鼻だ、動きの取れない作り付の鼻だ、鼻だけに惚れる奴がありゃあ格別、今日迄鼻の御厄介になって飯を喰った覚えはない。どうなろうとこうなろうといらざる心配だ。鼻の落ちない苦労だけで沢山だ。鼻の下の方がどれ位大切だか知れない。ひとの鼻の世話を焼いてるより自分の鼻糞でも掃除してろ」
とお叱りを受けそうであります。
こうなると鼻も可哀相で、折角顔のお城の御本丸に生《う》ぶ声を挙げながらとんだお客分扱いにされてしまいます。
方向と位置と
――鼻の静的表現(一)
こんな御意見は詰まるところ、
「鼻は無いと困る。見っともなくて極りが悪いから」
というだけで、それ以上には鼻の表現の価値も権威も認められぬという事であります。
しかし如何程この意見を固守される方でも、御自分の鼻が御自分の向って行かれる方向を示している事だけは相違なく御認め下さるであろうと信ぜられます。
「どこへ行くんだ」
「鼻の向いた方へ」
なぞいった調子で、鼻がその持主の行く方向を示す事、船の舳《じく》と同様であるという事は、三尺の童子と雖《いえど》も容易に認め得るところであります。
同時に鼻が時々自分というもののすべてを代表する意味に於て認められている事も明かな事実であります。
「この鼻様がいるのを知らぬか」
とか、
「この鼻を見忘れたか」
なぞいう古い科白《せりふ》もある位で、大抵の場合自分というものを示す全権公使には鼻が指定されるようであります。
この二つの実例は何でもない事のようでありますが、鼻というものの表現……否、その鼻の持主のすべての表現と絶対の関係を持っているものであります。
しかし普通の場合に於てはそこまで重大な意義を認められておりませぬ。極めて軽い意味で前者は本人の意志を表明し、後者はその存在を提示するもの位にしか考えられておりませぬ。
その恰好と人物
――鼻の静的表現(二)
鼻は又その恰好に依ってその持主の性格、意志、感性なぞを表明しているものとも考えられておるようであります。それかあらぬか鼻にはいろんな名称があって、その名前を聞いただけでもその感じがわかる位であります。
尤《もっと》もこれ等の名称は芸術家や人類学者又は骨相学者なぞが各《おのおの》その立場立場に依ってそのつけ方を違えているのだそうでありますが、鼻の表現の研究材料としてはその名前と感じだけがわかればよろしいのであります。
先ず和製では、野生的の勇気を表わす「獅子鼻」を筆頭に、意地の悪い感じを与える「鷲《わし》鼻」、お人好しと見られる「団子鼻」、無智を示す「蓮切鼻」、無能を示す「トンネル鼻」、慌《あわ》て者を表白するという「二連銃」、むずかし屋を表明する「碇《いかり》鼻」(「怒り鼻」?)、分別を見せる「鉤《かぎ》鼻」、又は物々しい「二段鼻」、安っぽい「抓《つま》み鼻」なぞいうのがあります。
意気筋では、よくは存じませぬが、江戸前の「ツンケン型」、上方式の「京人形型」、「オキャーセ型」、「アキマヘン型」、「バッテン型」なぞいうのが、その地方地方のこう
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