いが、ここでは仮りに正真正銘の憂国慨世の士と対照してかく名付けたのであります)とか名づけられる種類であります。この他その商売商売に依っていろいろの悪魔性を帯びた者がいくらもあるに違いありませぬが、ここにはこの四つを代表的なものとして取り扱って見る事に致します。
 彼等がその鼻の表現を使いわける代価として望むものはいろいろあります。男女の貞操を手はじめに、金銭、貴金属、衣服、財産、その他何でも……わけても横着政治家となりますとずっと狙い処が大きくなって、名誉権勢、地位人望、利権領土、その他あらゆるものを鼻の表現で釣り寄せようとするのであります。
 毒婦とか色魔とかが異性を操る事の自由自在さは全く驚くべきものがあります。何方《どなた》にしても嘘とわかっているのにどうしてあんなに根こそげ欺されるのであろうと、さながらに魔術のように感ぜられるのであります。
 これには引っかけられる側の自惚《うぬぼ》れや色気や意志の弱さなぞもありましょう。又は引っかける側の弁才や容色もありましょう。しかしその中《うち》にも働きかける側の表現の上手なこと――わけても鼻の先の気分の扱い方の巧《たくみ》なために、受け身側に徹底的の感動を与えるためであることも無論であります。
「それでは私に死ねとおっしゃるのですね」
 と云うと、相手の異性は真青になってしまうのであります。これはその鼻が本当に死にたいという切り詰まった表現をしていると同時に、あなたより他に思う人は無いという気心を裏書きしているからであります。同様に、
「あなたとならばドコマデモ……」
 という月並みな文句で相手をグンニャリトロリとさせて終《しま》うのは、その秋波が五分もすかさぬ冴え加減を見せると一所に、その鼻の表現がその場合にふさわしい真実味をあらわしているからであります。
 これが少々ハイカラなのになって来ると、
「あなたを恋してはじめて私の卑しいすべてが私をさいなみ初めました」
 と告白するその鼻が、その謙遜と誠意とをもって自己のアラを蔽《おお》い、且つ相手の同情を動かすべく如何につつましいつらさを示しているか。
「私のようなもののためにあなたのような貴いお美しい方の生涯を傷つけるという事はあまりに残酷だと思うと、つい気が引けて……」
 と恥じらいを含んだ鼻の表現が、如何に相手の気を引き動かすに充分であるか、そうしてその自尊心を
前へ 次へ
全77ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング