今一つは、この研究に一々|独逸《ドイツ》式の例証を引いていたら、たった一つの問題の上に実に千百無数の各方面の説を積み上げなければならぬ事になります。それでは第一煩に堪《た》えません。それよりも註釈をそっくりそのまま受け売りにして説明致しました方が早わかりであると信ぜられるからであります。
 前口上はこれ位に致しまして、早速《さっそく》本論に取りかかります。

     鼻の使命とは?
       ――懐疑と解釈のいろいろ

 鏡にうつる御自分の鼻を御覧になると、御満足御不満足は別問題と致しまして、鼻の恰好その物に就いて一種のぼんやりとした疑問を懐《いだ》かれた方が些《すくな》くないであろうと考えられます。些くとも一生に一度位はきっと……
 鼻ってものはどうしてこんなに高くなっているのか知らん……
 何故こんな恰好をしているのであろう……
 物を嗅いだり呼吸をしたりするほかには何の役にも立たないのか知らん……
 なぞと考えられた御経験がおありになる事と想像されます。さもなくとも誰でも一寸《ちょっと》気になるものだけに、お茶受け話しか何かにこの疑問を持ち出して、結局は矢張りお茶受程度の無駄話に落ちてしまった……なぞいう御記憶も矢張り一生に一度位はおありになる事と推測されます。
 ここで強《し》いて鼻なるものの正体に解釈を下しますといろいろな事になります。
 人間万事を実用一点張りで解釈して行こうとする人は先《ま》ず……
「鼻というものは元来不必要なものである。平面の上に穴が二つ開《あ》いているだけで結構用は足りるものである。耳朶《じだ》が音を受ける程にも役に立たない。臭を吸い寄せる目的で高まっているものならば、もっとずっと長くなって穴はその先端になければならぬ」
 というところに気付かれるでありましょう。
「これは大方鼻をかむという刺激が積り積ってこんな事になったのじゃないか」
 なぞいう解釈を下している人もあります。
「しかしそれにしては鼻の頭が丸過ぎるし、左右の根っ株もふくれ過ぎている」
 という事も同時に気付かれるであろうと考えられます。
 これに反してもっと気取った人の中《うち》にはこんな解釈を下しておられる向きもあります。
「鼻というものは万有進化の道程に於て一つの有力な条件と見られている美的方面の原理に則《のっと》って出来たものである。一つは眉毛と同様に顔
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