―子供のオモチャにしかならぬ程度の一生を送りたくないために、噴火口や瀑布に飛び込む人すらある位であります。
その他の人々は、しかもそうは考えませぬ。自分の満足するところに満足すりゃいいじゃないかといった調子で、めいめい行き得るところまで行って、これに満足し得意になる。あとは只驚いている。首をひねっている。感心している。喜んだりビクビクしたりしている。こんな鼻の表現がもしあったならば、その持ち主は同時にヒョットコであり、おかめであり、天狗様でなければなりませぬ。
スフィンクスに呪われた人でなければなりませぬ。
鉱物式や植物、動物式の性格
――運命と鼻の表現(七)
スフィンクスは埃及《エジプト》の万有神教から生れたものだけに、人間の鼻の表現の呪い方も森羅万象式で種々雑多に分かれております。しかしこれを大別しますと、無生物式と植物式と動物式の三つの呪い方にわかれるようであります。
凡《およ》そありとあらゆる人々はスフィンクスにこんな風に呪われながら、自分でもこれを知らず、これに囚《とら》われこれに満足して向上発展の意気を喪っているように見受けられます。
先ず無生物式に呪われているというのは、変化の無いつめたい石や金属の性質を帯びている鼻の表現であります。
男性では頑冥不霊の石塔の鼻や、微塵も色気の無い石部金吉の鼻、鉄のように頑強な性質、又は銅臭に囚われた人、或は金ピカ自慢の方なぞがこの部類であります。いずれにしても或る硬度にまで凝り固まった融通の利かぬタチで、中には合金や鍍金《めっき》、流し金なぞで満足している人もあるという次第で、各《おのおの》とりどり様々にその持ち前の性格を鼻の表現に光らせております。
女性の方でも同様で、めいめいに御自分のプライドを鉱物や金属に思いなして、囚われておいでになるようであります。鉄や銅のように世帯向きの実用式性格を御自慢の向きもあれば、上流向きの銀子さんや金子さんを以て自ら任じておいでになる方もあります。又は御自分を水晶と見ておられる方もあれば、翡翠《ひすい》と見られる方もあります。ルビー嬢や真珠夫人、ダイヤ姫なぞと来ると、囚われても囚われ甲斐のある方で、家門の誇り、社交界のお飾りたるべく、皆もう後生大切に研《みが》きをかけては光り、光っては研きをかけつつ、身動きさえもそっとして、鼻の表現にそのプ
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