までしか証明しておりませぬ。人間からこんどは何になるかという事に就いては少しも説明を加えておりませぬ。
 ……スフィンクスもここまでしか暗示しておりませぬ。
「それから先は説明の限りに非ず」
 というのか、
「それから先はわからぬ」
 というのか、それとも又、
「それから先はおしまい」
 というのかわかりませぬ。鼻の表現を隠して知らん顔をしております。そうしてこれを永久の謎語として人類に暗示しつつ、沙漠の方を向いております。
 そこでおかめとヒョットコと天狗様とが飛び出して、馬鹿囃子を初めなければならぬ事になります。
 スフィンクスから欠き落とされた表現は、数千里を隔てた日本に吹き散って来ました。
 そうしてその中からヒョットコとおかめと天狗様が生れたのではないかと思われる位、スフィンクスと馬鹿囃子の関係は密接なものがあるのであります。
 まことに突飛《とっぴ》といって、これ位突飛な対照はありませぬ。しかし何しろ古今独歩の鼻の表現の中に現われた、最も偉大不可思議なる神様達の因縁事でありますから、とても人智の及ぶところではありませぬ。只謹んで神意を伺い奉るよりほか致し方ないのであります。

     呪われた鼻
       ――運命と鼻の表現(六)

 獣《けもの》からやっとこさと人間へ進化して来た鼻は、初めて地面から手を離して四方をキョロキョロ見廻しました。ここまではスフィンクスの暗示に依って進化して来たのでありますが、これから先どこに向って進化向上していいか見当がつかなかったからであります。
 意地の悪いスフィンクスは折角《せっかく》ここまで連れて来ながら、その鼻の表現を隠して人間を五里霧中に突放《つきはな》しました。
 突放された人間がヒョットコでありました。
 ヒョットコは見る物毎に驚きました、呆れました。人間の五官の世界が果しもなく広く美しく眩しく荘厳に不可思議なのに肝を潰してしまいました。えらい処へ来たと思いました。大変なものばかりであると思いました。そのために鼻の穴がスッカリ開け放しになってしまいました。
 オッカナビックリ歩きまわって見ました。しかしいくら歩きまわっても、只驚くべき怪しむべき事ばかりで、行っても行っても同じ風が吹いているという事だけがわかりました。どこへどう落ち着いて、どんなに日を送っていいか、まるっきり見当がつかなくなりました。
 
前へ 次へ
全77ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング