し》はこれから恋を探さなければならない。そうして卵を沢山に生んで、可愛い子供をウジャウジャ撒《ま》き散らして、世界中の女の髪毛《かみ》をみんな朗かに啖《た》べさせて、一人残らずクルクル坊主にしてしまわなければならないのだわ」

 けれども彼女は恋というものがドンナものか知らなかった。……一体恋なんていうものはドンナ処に、ドンナ風にして在るものだろう……と思って、ソロソロと桐の葉の上に匐い上りながらそこいらを見まわした。
 桐畠の周囲の木立は、大きくまばたく夕星《ゆうずつ》の下《もと》に、青々と暮れ悩んでいた。その重なり合った枝と、葉と、幹の向うに白々と国道が横たわっていて、その向うのポプラの樹が行儀よく立並んだ間から、何だかわからない非常に美しいものが光って見えた。
 それは何ともいえず匂やかな、柔かい薄桃色の絹シェードの光であった。
「アラッ。まあ何て神秘な光でしょう。……妾は思い出したわ。虫の血で染めたパピルスの行燈《あんどん》を……ナイル河に臨んだ王宮の燈火《ともしび》を……妾の恋はキットあそこに在るのに違いないわ」
 それから彼女はシッカリと畳まっている左右の羽根を生れて初めて、夕暗《ゆうやみ》の中でユルユルと拡げてみた。なやましい湿度を含んだ風が羽根の裏側にヒッソリと沁み渡った、と思うと彼女は早や、青い青い夕星の下の宵暗《よいやみ》を、はるかはるかの桃色の光に向って一直線に飛んで行くのであった。
「アッ。お父様……髪切虫が来ましたよ」
「ナニ。髪切虫が……」
「ええ。お父様が今夜は違った虫が捕りたいから誘蛾燈に赤いシェードを掛けとけって仰言《おっしゃ》ったでしょう。ですからそうしといたら蝶々は一匹も来ないでコンナ髪切虫が……」
「ううむ。面白いのう。甲虫は一体に赤い色が好きなのかも知れんのう」
「オヤッ。この髪切虫は普通のと違っている。この間お父様が大学で見せて下すった化石の髪切虫によく似てますよ。ね。ホラネ。身体《からだ》が瓢箪《ひょうたん》型になって、触角がズット長くて……おまけにトテモ綺麗ですよ。卵白《たまご》色と、黒|天鵞絨《びろうど》色のダンダラになって……ホラ……ネ……」
「フウム。成る程。これは珍しいのう。三千年ばかり前のツタンカーメンの墓の中から出て来た、実物の木乃伊《ミイラ》とはすこし色が違うが、これがホントの色じゃろう。今はモウこの世界
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