広い広い土地は、まだその日の正午近くらしかった。その焦げ付く程熱した、沙漠の塵埃《ほこり》だらけの大空に、何千年か前から漂い残って、ニュートンの引力説に逆行し、アインシュタインの量子論を超越した虚空の行き止まりにぶつかって、極く極くデリケートな超短波の宇宙線に変化しながら、やっと引返して来たイーサーの霊動が、蛍《ほたる》の光のように青臭く、淋しく、シンシンと髪切虫の触角に感じて来るのであった。
それはナイル河底の冥府《めいふ》の法廷で、今から一千九百六十五年前に、記録係のトートの神が読上げた、神秘的な、薄嗄《うすが》れた声が大空の涯から引返して来た旋律に相違なかった。
青桐の幹にシッカリと獅噛み付いた髪切虫の触角がピインと一直線に伸び切って、眼にも止まらぬ位すばらしく細かく……ブルルン……ブルルン……ブルブルブルルルルルルルルルルルルルルルルル……と震動し初めた。
[#ここから2字下げ]
エジプトの 御代しろしめす
美しき クレオパトラの
わが女王《きみ》は 笑はせたまはず」
国々は うれひに鎖《とざ》し
民草は 悲しみ濡れて
朝まつり いとおろそかに
夜のおとど みあかし暗く
まさびしき 御閨《みねや》のうち
わが女王《きみ》は 寝がへらせつゝ
ひそやかに 歎かせたまふ」
われはこれ 美《く》はしの女王
エジプトの 御代を治めて
神々の 力をかねて
思ふこと とゞかぬは無く
ねごふこと かなはぬはなし
何一つ 不足なけれど
ただ一つ みちたらぬもの
わが知れる 生きとし生ける
ものみなは などかくばかり
たど/\と ものうきやらむ」
天地は 古くよごれて
ものみなは 汗ばみつかれ
めざめては 又ゐねむりて
ちりひぢに まみれ腐《くさ》れて
おなじ日と おなじ月のみ
さびしらに かゞよひ渡る」
われもまた あだいたづらに
春秋《はるあき》を 老いて行くのみ
ああわれは かくはか
前へ
次へ
全6ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング