この二つを拠所《どだい》にして君が霊腕を揮《ふる》ったらドンの絶滅期して俟《ま》つべしじゃないか。
 ウンウン。彼《か》の青年を君が引受けてくれると云うのか。ウンウン。そいつは有難い。東京の夜学校に通わしてくれる。……死んだ親父《おやじ》がドレ位喜ぶか知れないぜ。
 この密告書はアイツの筆跡《て》に相違ないよ。ここに来て吾輩の窮状を見ると間もなく書上げて、識合《しりあ》いの船頭に頼んで、呼子《よぶこ》から投函さしたものに違いないんだ。コイツが君の手にかかって物をいうとなれば、友吉おやじイヨイヨ以て瞑すべしだ。コレ位大きな復讐《はらいせ》はないからね。
 ああ愉快だ。胸が一パイになった。アハハハ。笑わないでくれ。吾輩決して泣き上戸じゃないつもりだが……オイオイ友。友。友太郎……そこに居るか。チョット出て来い。遠慮する事はない。来いと云うたらここへ来い。アトを閉めて……サア来た……どうだい。立派な青年だろう。今では吾輩の忰みたようなもんだ。御挨拶しろ。御挨拶を……この人が吾輩の親友……有名な斎木検事正だ。ハハハハ。驚いたか。貴様の血で書いた手紙が御役に立ったんだ。そのためにわざわざ斎木君が来てくれたんだ。貴様の親父《おやじ》の仇敵《かたき》を討ちに……。
 ……何だ何だ。泣く奴があるか……馬鹿……いくつになるんだ。……サア。こっちへ来てお酌をしろ。笑ってお酌をしろといったら。貴様も日本男児じゃないか……アハハハ……。
 斎木君……一杯受けてくれ給え……吾輩も飲むよ。……風速実に四十|米突《メートル》……愉快だ。実に愉快だ。飲んで飲んで飲み死んでも遺憾はないよ……。
「今日《こんにち》、君を送る、須《すべから》く酔いを尽すべしイ……明朝、相憶《あいおも》うも、路《みち》、漫々たりイ……じゃないか、アハハハハ……」



底本:「夢野久作全集6」ちくま文庫、筑摩書房
   1992(平成4)年3月24日第1刷発行
底本の親本:「氷の涯」春秋社
   1935(昭和10)年5月15日発行
※底本の「名画の屏風《じょうぶ》」を、「名画の屏風《びょうぶ》」に改めました。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2003年12月13日作成
2005年5月21日修正
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