備船、袖港丸《しゅうこうまる》を試運転の名目で借り出した。速力十六|節《ノット》という優秀な密漁船の追跡用だったが、まだ乗組員も何も定《き》まっていなかった。こいつに油と食糧を積込んで、友吉親子に操縦法を仕込みながら西は大連、営口から南は巨済島、巨文島、北は元山、清津《せいしん》、豆満江《とまんこう》から、露領沿海州に到るまで要所要所を視察してまわること半年余り……いかな太っ腹の佐々木知事も内心大いに心配していたというが、それはその筈だ。電報一本、葉書一枚行く先から出さないのだからね。大いに謝罪《あやま》ってガチャガチャになった船を返すと、その足で釜山に引返して、友吉親子もろ共に山内閣下にお目にかかった。むろん官邸の一室で、十時|過《すぎ》に勝手口から案内されたもんだが、思いもかけない藁塚《わらづか》産業課長が同席して、吾輩と友吉おやじの視察談を、夜通しがかりに聞き取ってくれたのには感謝したよ。友吉親子一代の光栄だね。
 その結果、藁塚産業課長が急遽《きゅうきょ》上京して、内務省、司法省、農商務省、陸海軍省と重要な打合わせをする。その結果、朝鮮各道の警察、裁判所に厳重な達示が廻わって、
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