たいに薄切りした奴を、二時間以上も谷川の水でサラシた斯界極上《しかいごくじょう》の珍味なんだ。コイツを味わわなければ共に鰒を語るに足らずという……どうだい……ステキだろう。ハハハ……酒の味が違って来るだろう。
 いよいよこれから吾輩が、林《はやし》の親仁《おやじ》を使って爆弾漁業退治に取りかかる一幕だ。サア返杯……。

 ナニ。林《はやし》のおやじ……? ウン。あの若い朝鮮人……林《りん》の親父《おやじ》だよ。まだ話さなかったっけな……アハハハ。少々酔ったと見えて話が先走ったわい。
 何を隠そうあの林《りん》という青年は朝鮮人じゃないんだ。林友吉《はやしともきち》という爆弾漁業者《ドン》の一人息子で、友太郎という立派な日本人だ。彼奴《あいつ》の一身上の事を話すと、優に一篇の哀史が出来上るんだが、要するに彼奴《あいつ》のおやじの林友吉というのは筑後|柳河《やながわ》の漁師だった。ところが若いうちに、自分の嬶《かかあ》と、その間男《まおとこ》をした界隈切っての無頼漢《ゴロツキ》を叩き斬って、八ツになる友太郎を一人引っ抱えたまま、着のみ着のままで故郷を飛出して爆弾漁業者《ドン》の群に飛び込ん
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