う。おまけに吾輩は内地の騎兵軍曹の古服を着て、山高帽に長靴、赤|毛布《ゲット》に仕込杖《しこみづえ》……笑っちゃいけない。ちょうどその頃、先輩の玄洋社連が、大院君を遣付《やっつ》けるべく、烏帽子《えぼし》直垂《ひたたれ》で驢馬《ろば》に乗って、京城に乗込んでいるんだぜ。……その吾輩が長髯《ちょうぜん》を扱《しご》きながら名刺を突き出すと、ハガキ位の金縁を取った厚紙に……日本帝国政府視察官、医典博士、勲三等、轟雷雄《チョツデヨンウウン》……と一号活字で印刷してある。意訳すると豪胆、勇壮、この上なしの偉人という名前なんだから、大抵の奴が眼を眩《ま》わしたね。最小限|華族《ヤンパン》ぐらいには、到る処で買冠《かいかぶ》られたもんだ。
 この勢いで北は図満江《とまんこう》の鮭から、南は対州《つしま》の鰤《ぶり》に到るまで、透きとおるように調べ上げる事十年間……今度は内地に帰って、水産講習所長の紹介状を一本、大上段に振り冠《かぶ》りながら、沿海の各県庁、水産試験場、著名の漁場漁港を巡廻し、三寸|不爛《ふらん》の舌頭《ぜっとう》を以て朝鮮出漁を絶叫する事、又、十二年間……折しもあれ日韓合併の事成る
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