の講演を忌避して、船遊山《ふなゆさん》を思い立ったのは誰でしたっけね」
と空っトボケてやったもんだ。
すると誰だか知らない検事か判事みたような男が背後《うしろ》の方から、
「それでも友吉親子を推薦したのは貴下《あなた》ではなかったか」
と突込んで来たから、わざとその男の顔を見い見い冷笑してやった。
「……ハハハ……その事ならアンマリ突込まれん方が良くはないですか。実は昨晩、弁護士に調べさせてみますと、友吉の前科はズット以前に時効にかかっていたものだそうです。私は法律を知らないのですが……それでなくとも拘留中の現行犯人を引出して、犯罪の実演をさせるよりは無難だろうと思って、実は、あの男を推薦した次第でしたが……それでも貴方がたの法律眼から御覧になると、現行犯を使った方が合理的な意味になりますかな……」
と乙《おつ》に絡んで捻《ね》じ返してくれた。吾れながら感心するくらい頭がヒネクレて来たもんだからね……ところが流石《さすが》は商売柄だ。これ位の逆襲には凹《へこ》まなかった。
「そんな事を議論しているのじゃない。友吉おやじに、あんな乱暴を働らかした責任は当然ソッチに在る筈だ。その責任を問うているのだ」
と吾輩の一番痛いところを刺して来た。その時には吾輩、思わずカッとなりかけたもんだ……が、しかしここが大事なところと思ったから、わざと平気な顔で空を嘯《うそぶ》いて見せた。
「……成る程……その責任なら当方で十分十二分に負いましょうよ。……しかし爆弾を投げさせた心理的の動機はこの限りに非《あら》ずだから、そのつもりでおってもらいたいですな。無辜《むこ》の人間に生命《いのち》がけの不正を働らかせながら、芸妓《げいしゃ》を揚げて高見《たかみ》の見物をしようとした諸君の方が悪いにきまっているのだから……諸君は友吉おやじの最後の演説を記憶しておられるだろう……」
と云って満座の顔を一つ一つに見廻わしたら、一名残らず眼を白黒させていたよ。
「……しかし……あれは元来……有志連中が計画したもので……」
と隅の方から苦しそうな弁解をした者がいたので、吾輩は思わず噴飯《ふんぱん》させられた。
「……アハハ。そうでしたか。ちっとも知りませんでした。……しかし拙者が拝見したところでは、有志の連中には余り酔った者はいなかったようである。実際に泥酔して乱痴気《らんちき》騒ぎを演じたの
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