邏船《じゅんらせん》にでも見付かったら面倒だ。
 それあ危険な事といったら日本一だろう。その導火線を切り損ねて、手足や頭を飛ばした奴が又、何百何千居るか知れないんだが、そんなのは公々然と治療も出来なければ葬式も出せない。十中八九は水葬礼だが、これとても惜しい生命《いのち》じゃないらしい。
 論より証拠……春鯖から秋鯖の時季にかけて、南朝鮮の津々浦々をまわって見たまえ。到る処に白首《しらくび》の店が、押すな押すなで軒を並べて、弦歌《げんか》の声、湧くが如しだ。男も女も、老爺《じじい》も若造《わかぞう》も、手拍子を揃えて歌っているんだ。
「百円|紙幣《さつ》がア  浮いて来たア
 百円|紙幣《さつ》がア  浮いて来たア
 ドオンと一発  掴み取りイ
 浮いたア浮いたア  エッサッサア

 浮いたア浮いたア  エッサッサア
 お前が抱かれて くれるならア
 片手や片足   何のそのオー
 首でも胴でも  スットコトン
 明日《あす》の生命《いのち》が  スットコトン
 スットコスットコスットコトン

 浮いたア浮いたア  エッサッサア
 百円|紙幣《さつ》がア  浮いて来たア……」
 と来るんだ。どうだい……コイツが止《や》められるかどうか考えてみたまえ。

 こうして財布の底までハタイてしまうと、明日《あす》は又「一葉の扁舟《へんしゅう》、万里の風」だ。「海上の明月、潮《うしお》と共に生ず」だ。彼等の鴨緑江節《おうりょっこうぶし》を聞き給え……。
「朝鮮とオ――
 内地ざかいのアノ日本海イ――
 揚げたア――片帆がア――アノよけれエ――ど――もオ――。ヨイショ……
 月は涯《は》てし――も――ヨッコラ波枕ヨオ――いつか又ア――女郎衆のオ――膝枕ア――」
 と来るんだから遣り切れないだろう。海国男児の真骨頂だね。
 そのうちに又、ドオンと来る。五千、一万の鯖が船一パイに盛り上る。コイツを発動機船の沖買いが一|尾《ぴき》二三銭か四五銭ぐらいの現金《ナマ》で引取って、持って来る処が下関の彦島《ひこしま》か六連島《むつれ》あたりだ。そこで一|尾《ぴき》七八銭当りで上陸して、汽車に乗って大阪へ着くとドンナに安くても十四五銭以下では泳がない。君等は二十銭以下の大鯖を喰った事があるかい。無いだろう。どの位儲かるかは、この一事を以て推して知るべしだよ。
 ところでサア……こうなると所謂
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